出所:MIT Richardo Caballero HP
以前にMIT経済学部長のリカルド・カバレロ(↑)が唱える「安全資産の不足」理論及びそれに関連した問題を何回かにわたって紹介した。概要は以下のとおり:- 1997-1998年のアジア金融危機以降、多くの新興諸国及びコモディティ(原油等)産出国は国内での貯蓄が投資を上回る状態が続いていた。
- これらの国々の国内金融市場は、安全に価値を保全でき(安全性)且つ容易に貨幣に変換できる(流動性)資産を充分な量(=つまり国内で積みあがった貯蓄を吸収するのに充分な量)供給することができなかった
- 往々にして金融市場の発展は経済成長においつかない
- 結果として、これらの国々は蓄積した資本を安全に保存できる資産を求めて、最も大規模で進んだ金融市場をもつアメリカへ資本を移動させた
- この大規模な資本移動はアメリカで以下の現象を引き起こした
- 低い長期金利に起因する長期金利と短期金利の逆転(前FRB議長のグリーンスパンが"謎"(Conundrum)と呼んだ現象)
- 経常収支の赤字
- 頻発するバブル
- AAA格付け債券への(満たしきれない)需要
- そして、この需要はアメリカ国債だけでは満たすことができず、結果としてアメリカの金融市場は需要に応える形でAAAの格付けをもつ債券を人工的に作り出した(サブプライムローンをバックにした債券)。これが先のサブプライム市場に端を発する金融危機につながった
以下は証券化について扱った2011年7月のBISのペーパー(BIS, July 2011, "Report on asset secularization incentives")であるが、証券化によってつくられる債券がAAA格付けのものに偏っていたこと(Figure4)と、AAA債券全体のなかで証券化によってつくれらたものが大きな部分を占めていたこと、そして2008年以降証券化商品の割合が減っていること、同時に国債の発行額が急増していること(Figure3)がわかる。
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カバレロの理論をもとに最近の状況を考えると:
1. 2008年のサブプライム危機以降、証券化によりAAA債券が作り出し難くなっている
2. 最近のユーロ危機はこの安全資産不足を悪化させている
上記2つの理由より安全資産の供給不足(=安全資産への超過需要)は解消されていないどころか悪化している。
そして、以下の理由で今後安全資産の供給量が減ることが予想されるため、このような安全資産への超過需要は今後ますます悪化すると思われる。
1. 2008年のサブプライム危機以降、証券化によりAAA債券が作り出し難くなっている
2. 最近のユーロ危機はこの安全資産不足を悪化させている
上記2つの理由より安全資産の供給不足(=安全資産への超過需要)は解消されていないどころか悪化している。
そして、以下の理由で今後安全資産の供給量が減ることが予想されるため、このような安全資産への超過需要は今後ますます悪化すると思われる。
- アメリカの赤字削減努力により、アメリカの国債残高が減少する
- ユーロ危機により安全資産としてのユーロの信認性に疑問が呈されている
- 日本においても国債を削減しようという努力がはじまっている
MITの雑誌(MIT News)に、この安全資産不足の現状についてのカバレロのインタビューが出ていたので以下に訳してみた。
インタビューの日付は2011年10月25日付。なお、文中のスイスフランのくだりは、スイス中央銀行が9月6日に自国の通貨をユーロに固定したことを指していると思われる。
インタビューの日付は2011年10月25日付。なお、文中のスイスフランのくだりは、スイス中央銀行が9月6日に自国の通貨をユーロに固定したことを指していると思われる。
Q. In recent months, the fiscal crisis in Europe has intensified and core European countries such as France are now at risk of having their credit ratings downgraded. What is the status today of this global imbalance between the demand for, and the supply of, safe investments?
A. Worse than ever. People do not realize how many odd things are happening as a result of this shortage. The most recent one is a sharp decline in the currencies of emerging market economies, following the peg (floor) set for the Swiss Franc against the Euro. All of a sudden, one of the key safe assets in currency markets disappeared, and now holding emerging-market currencies became much riskier, as a natural hedge is no longer available. As the safe assets’ relative supply shrinks, investors become less willing to invest in riskier assets, banks become more reluctant to lend and so on.
Q. ここ数か月でヨーロッパの財政危機は悪化し、フランスといったヨーロッパのコアである国々も自国の格付けが格下げされるというリスクに直面しています。現在の世界的な安全投資(資産)への需要と供給のインバランスについてどう考えますか?
A.状況はかつてないほど悪化しています。人々はこの(安全資産の)不足によりどれほど多くの奇妙なことがおこっているか気付いていません。このような事象のうち最も直近のものとして、スイスフランがユーロへ(上限を)固定したことに続いた、新興諸国の通貨の急速な下落が挙げられます。突然、通貨市場における主要な安全資産の一つが消滅したのです。そしてその結果、ナチュラルヘッジ(注:2つの違うアセットを保有することでリスクを減らすこと)が使えなくなったことにより、新興諸国の通貨を持つことのリスクはより高いものになりました。安全資産の相対的な供給が縮小したことで、投資家はよりリスクの高い資産への投資を忌避するようになり、銀行は貸し出しを忌避し始め、といった具合です。
Q. In the mortgage-backed bond market, when the economy dipped, whole classes of securities blew up. Given this problem, why is an insurance-based solution your preferred policy choice, and how would it function?A. Unfortunately, we may be beyond that point. I proposed that governments provide, for a fee, guarantees to banks against extreme macroeconomic risk so that banks could go back to the production of safe microeconomic assets — which they can generate through mortgages, loans and other growth-enhancing activities — without having to absorb macroeconomic risk, which is too capital-consuming. These types of measures are politically unfeasible at this time, so we will have to continue muddling through.
Q.モーゲージ債のマーケットでは、経済が少し落ち込むと、すべてのクラスの証券が吹き飛びました。この問題を考えると、なぜ保険に基づいたソリューションがあなたの好む政策的なチョイスなのでしょうか?そしてそれはどのように機能するのでしょうか?
A.残念なことですが、我々はそのような地点をすでに過ぎたのかもしれません。私は、銀行が、自身の資本を過度に使用することになるマクロ経済的なショックに対応する必要なしに、安全なミクロ的な資産―銀行はそのような資産をモーゲージやローン、その他の成長を促進させる活動によってつくりだすことができるのですが―を再びつくりだせるよう、政府がフィーをとって銀行に極端なマクロ経済的ショックに対する保険を提供するように提案しました。このような政策は目下の状況では政治的に実現不可能です、従って我々は引き続きなんとかやり続けなくてはならないでしょう
Q. What do you think of other ideas that might address the problem? For example, wouldn’t the proposed issuance of joint Euro-bonds, backed by the whole European Union, provide a new source of safer debt for investors?
A. It would, but this would effectively mean a transfer of German collateral to periphery countries. Germany could certainly issue more Bunds [their bonds] since they have plenty of credibility to do so. But I don’t think safe-asset production per se is an argument to justify these transfers. I suspect a better way to do it is to have the European Central Bank (ECB) provide some guarantees for marginal countries’ debt, either directly or indirectly. I have in mind Spain or Italy, not Greece, which is clearly bankrupt and not the business of the ECB.
Q. この問題に対処するための他のアイデアについてはどう考えますか?例えば、EU加盟国すべてが保証をするユーロの共同債券を発行するという提案は、投資家への元本保証型資産の新しい供給源にならないでしょうか?
A.なりえるでしょう。しかし、それは実質的にはドイツの担保を周辺諸国に移転させるということを意味します。ドイツは確かに今よりももっと大量の債券を発行できます、彼らはそうするのに充分な信任を得ているのですから。しかしながら私には、安全資産の生産は、それ自体では、このような移転を正当化する議論であるとは思えません。安全資産をつくりだすためのよりよい案としては、欧州中央銀行(ECB)が直接的であれ間接的であれ周辺諸国の国債に対していくらかの保証を与えることだと思います。私はスペインかイタリアを念頭においています。ギリシアは考えていません。ギリシャは明らかに破綻しているため、ECBの仕事ではありません。