2011年10月13日木曜日

世界-安全資産の不足 カバレロ(2011)

少し前に読売新聞のオンライン版に日本円が買われる理由についての記事がでていた。
記事では、
欧州ではギリシャだけでなく、スペインやイタリアなどにも財政不安が広がっていますし、米国でも世界で最も安全な資産とされた米国債が格下げされました。ユーロやドルを持っている人が少しでも安全な資産を探したら、たまたま円が目に付いたというわけです。
という記述の後に、円が買われる理由として消費税増税による日本国債の返済余力と大震災に際した日本人が示した規律・真面目さを挙げられていた。

その理由付けの是非はおくとして、債務残高等からその債務の返済可能性にたびたび疑念が表されるにもかかわらず日本国債が買われる理由として最近よく挙がる「(少しでも)安全な資産を求めて」という理由をたどっていくと、その根本には、最近エコノミストが頻繁に指摘するようになった「世界が供給する安全資産の(絶対量の)不足」という問題があるように思える。

ミネアポリス連銀のホームページに掲載されているインタビューこの安全資産の不足(Safe asset Shortage)について、提唱者のMITのリカルド・カバレロ教授(June 1 , Interview with Ricardo Caballero)によるわかりやすいまとめとなっているので、以下に抜粋してみる(英語のあとに(いい加減な)訳を付した)。
Region: I’d like to focus initially on the financial crisis. You’ve written that the heart of the crisis wasn’t so much lax monetary policy or a faulty regulatory regime, but rather global asset scarcity, which led to the United States holding a “toxic waste” of highly risky assets—a great phrase. It’s an intriguing idea, somewhat novel to me. Could you explain briefly what you mean  
Ricardo Caballero: It’s a story in two steps. The first, present at least since the Asian crisis, is that the world has experienced a shortage of assets to store value. Emerging and commodity producing economies have added an enormous demand for assets that is not being met by their limited ability to produce these assets. I believe this global asset shortage is one of the main forces behind the so called global imbalances, the low equilibrium real interest rates that preceded the crisis, and the recurrent emergence of bubbles. Contrary to the conventional wisdom, I think these phenomena are not the result of loose monetary policy, but rather the other way around: Monetary policy is loose because an asset shortage environment would otherwise trigger strong deflationary forces. This idea is related to Ben Bernanke’s savings glut story;1 he was working on these things at the same time but from a different angle, emphasizing the behavior of savers rather than that of asset supply. The models I developed with Emmanuel Farhi and Pierre-Olivier Gourinchas clarified these different mechanisms.2 
 インタビュアー(注:The Regionというのはミネアポリス連銀が発行する定期刊行物のメイショウ):最初に直近の金融危機(注:2008年のリーマンショック)についてお聞きかせください。あなたは金融危機の根本にある問題は、放漫な金融政策や金融規制の失敗ではなく、世界的な資産の不足にあり、それによってアメリカは有毒廃棄物といわれるリスクの高い資産を保有することになったと書いています。これは興味深く、私にとっては幾分目新しいアイデアです。簡単に説明していただけませんか?

リカルド・カバレロ: ストーリーは2段階です。最初は、これは少なくともアジア金融危機の時から存在していた現象ですが、世界経済には価値を保存するための資産が不足しているということです。新興諸国並びにコモディティ(注:原油等)の産出国は、自国では限られた量しかつくりだせないこのような資産(注:安全資産)に対する巨大な需要を付け加えました。私はこの世界的な(安全)資産の不足が、いわゆるグローバルインバランス及び金融危機に先行した低い均衡実質金利、そして繰り返し発生するバブルの背後にある主要因の一つだと考えています。世間一般の通念とは逆に、私はこれらの現象(注;グローバルインバランス等)は放漫な金融政策の結果であるとは思いません。むしろ因果関係は逆であると思います。金融政策が緩かったのは、そうでなければ資産が不足している環境のもとでは強いデフレ圧力を発生させたであろうからです。このアイデアはベンバーナンキ(注:現FRB議長)の過剰貯蓄理論と関連しています。彼はこれらの事象に対して同時期に、違った視点で取り組んでいました。彼は資産の供給ではなく貯蓄過剰国の行動を重視したのです。私がEmmanuel Farhi 及びPierre-Olivier Gourinchasと開発したモデルはこれら2つの異なるメカニズムを明確化しています。
Region: You wrote that the entire world had “an insatiable demand for safe debt instruments.”
Caballero: This is the second step, which began in earnest after the Nasdaq crash, when foreign demand for U.S. assets went back to its historical pattern of being heavily concentrated on fixed
income (as illustrated by Gourinchas and Rey in their classic paper on the transformation of the United States into a global “venture capitalist”)3 and especially on highly rated instruments. This
is the point, together with the natural fragility that emerges from such bias, that I made with Arvind Krishnamurthy at one of the AEA [American Economic Association] meetings.4
The enormous demand for U.S. assets, with a heavy bias toward “AAA” instruments, could not be satisfied by U.S. Treasuries and single-name corporate bonds, and that imbalance generated
huge incentives for the U.S. financial system to produce more “AAA” assets.
As a result, we saw both the good and the bad sides of the most dynamic financial system in the world, in full force. Subprime loans became inputs into financial vehicles, which by the law of
large numbers* and by the principles of tranching were able to create “AAA” instruments from those that were not. 
インタビュアー:あなたは「世界は安全な元本保障型の商品(Safe debt instruments)に対する満たしきれない需要を抱えている」と書いています。

カバレロ:それが第二段階です。これはナスダックの暴落時(注:2001年におこった米国ナスダック市場の暴落。いわゆるドットコムバブルの崩壊)に本格的に始まりました。アメリカ資産への外国からの需要が債権、それも高格付けのものに対して大量に集中するという歴史的なパターンに戻った時です(この点はアメリカの”世界のベンチャーキャピタリスト”への変容を扱ったGourinchasとReyの古典的な論文に示されています)。私とArvind Krishnamurthyは、アメリカ経済学会のミーティングでこの点及びそのようなバイアスが生み出す脆さを指摘しました。
アメリカ資産への途方もない需要、それもAAA格の商品への偏りを伴った需要は、米国債(U.S. Treasuries)と企業が発行する債権だけでは満たすことができず、このような(注:需要と供給の)不均衡はアメリカの金融システムにより多くのAAA格の資産をつくりだすように巨大なインセンティブを発生させることになりました。結果として我々は世界でもっともダイナミックな金融システムの良い側面と悪い側面の両方を、大がかりに見ることになりました。サブプライムローンが金融機関へのインプットとなり、金融機関は大数の法則とトランシェ(切り分け)の原則(注:新たな債権をつくりだすため金融機関はサブプライムローンの担保となる物件から生じるキャッシュフローを階層に分けて切り分けた)を使ってAAA格付けの商品をつくりだせるはずでしたが、実際はそのようなことはできませんでした。
Region: You mean “seemingly” AAA assets, right? Many contend that rating agencies were too soft in their ratings of these senior tranches.
Caballero: Even if they were, that was not the main problem. A rating of AAA only means that the probability of default of that instrument is sufficiently low to meet this high standard, but it doesn't say when that instrument will default. Unfortunately, by construction, AAA tranches generated from lower-quality assets are fragile with respect to macroeconomic and systemic shocks, when the law of large numbers doesn't work.
That is, this way of creating safe assets may be able to create micro-AAA assets but not macro-AAA assets. In other words, these assets were not very resilient to macroeconomic shocks, even though they might have technically met AAA risk standards.
In principle, this was not a big issue, but it became a huge one when highly leveraged systemically important institutions began to keep these macro-fragile instruments in their balance sheets
(directly, or indirectly through special purpose vehicles, or SPVs). This was an accident waiting to happen; AIG and the investment banks should have known better, but the low capital charges were too hard to resist.
インタビュアー:見かけ上AAAに見える債権ということですよね?多くの人が格付け機関はこれらの上位のトランシェ(注:からつくられた債権)に対して甘すぎる格付けを付与したと考えています。

カバレロ:そうだったとしても、それは大きな問題ではありません。AAAの格付けはただ単に当該商品がデフォルトする確率はこの高い格付け基準を満たすために十分低いものである、ということを意味していますが、それは当該商品がいつデフォルトするかについてはなにも示しません。不運なことに、質の悪い資産からつくられたAAAのトランシェ(注:を裏付けとする債権)は、その設計上、マクロの及びシステミック(組織的)なリスクに対して、つまり大数の法則が働かない場合に対しては脆弱なのです。
つまり、AAA格付けの資産をこのようにつくることによって、ミクロな事象に対するAAA資産をつくることはできるかもしれませんが、マクロな事象に対するAAA資産をつくることはできないのです。言い換えれば、このような(注:つくられ方をした)資産は、たとえ技術的にはAAA格付けを取得する基準を満たしていたとしても、マクロ的なショックに対して脆弱でした。
原則的には、これは重要なことではありませんでした。しかし、高いレバレッジを抱えた金融システムにとって重要な金融機関(Systemically important institutions)がこれらのマクロショックに対して脆弱な商品を自身のバランスシートに抱え始めた(直接抱えたり、SPVを使って間接的に抱えたり)さいにはとてつもなく重要な事態になりました。これは起こるのを待ち構えているような事故だったわけです。AIGや投資銀行は(このことを)もっとよく知っておくべきでしたが、(注:それらの商品を持つことにより課される)低い資本比率(注:の魅力)に抵抗できませんでした
Region: So you do favor higher capital requirements ?
Caballero: I don’t believe that increasing capital requirements for banks across the board is the right reaction to the crisis itself, but I do think that capital charges for systemically fragile instruments should be very high. From a systemic point of view, it is not the same for a bank to hold a single-name AAA corporate bond as a piece from a collateralized debt obligation’s AAA tranche. The latter is much riskier for the system.
インタビュー:それでは高い資本比率を課す規制については賛成でしょうか?

カバレロ:私は銀行に課す資本比率を一括して高くするということは、金融危機そのものへの正しい対処法ではないと思います。しかしながら私もシステム的に脆弱な商品に対する資本比率規制はとても高くあるべきだと考えます。システム全体の観点からみれば、ある銀行が一企業のAAA格付け債券を保有することと、その銀行がAAAトランシェからつくられるCDOの一部分を保有することは同じではありません。後者はシステムにとってよりリスクが高くなります。