2011年10月31日月曜日

世界経済の成長(1-2008)

経済の長期統計で有名なアンガス・マディソン(故人)が作成・アップデートしていた世界経済のデータベースがThe Conference Boardという団体に引き継がれているようだ。

以下では西暦1年から2008年までの世界の一人当たりGDPの推移を表とグラフにした。












出所:The Conference Board


以下の点(表では赤字にした)は数字をみていて面白かった。
  • 産業革命:1820年で比較すると西ヨーロッパとアメリカの一人当たりGDPが他の地域と比較して倍増している(逆にいえばそれまではほかの地域と比較してそれほど突出していなかった)。
  • 中国の発展:中国は1人当たりGDPで見ると西暦1年から1950年まで(!)成長がなかったが、1950-2008年の間に爆発的に成長している*。10億を超す中国の人口を考えるとこの期間の1人当たりGDPの成長は世界史上の驚異の一つといえるのではないだろうか。
*なお同期間は日本の発展も目覚ましかった

2011年10月29日土曜日

格付け機関③ クルーグマン


前回に引き続いてクルーグマンとなるが、格付け機関のフィー体系に関する批判をみつけた。以下は2010年4月25日のWebコラムの一部*。
*Paul Krugman, April 25, 2010 ,"Berating the Raters", New York Times op-ed
---The rating agencies began as market researchers, selling assessments of corporate debt to people considering whether to buy that debt. Eventually, however, they morphed into something quite different: companies that were hired by the people selling debt to give that debt a seal of approval.
Those seals of approval came to play a central role in our whole financial system, especially for institutional investors like pension funds, which would buy your bonds if and only if they received that coveted AAA rating.
 格付け機関は企業の負債を買おうかどうか考えている人々に対して、当該負債の評価を売ることで業務をはじめた。しかし、そのうちにこれらの機関は何かまったく別のものに姿を変えた。負債を売ろうとする人たちに雇われ、彼らが売る負債へお墨付きを与える会社になったのだ。
It was a system that looked dignified and respectable on the surface. Yet it produced huge conflicts of interest. Issuers of debt — which increasingly meant Wall Street firms selling securities they created by slicing and dicing claims on things like subprime mortgages — could choose among several rating agencies. So they could direct their business to whichever agency was most likely to give a favorable verdict, and threaten to pull business from an agency that tried too hard to do its job. It’s all too obvious, in retrospect, how this could have corrupted the process.
それは、表面的には立派で信頼に値するように見えるシステムだった。 けれどそれは巨大な利益相反をつくりだした。そのシステムでは負債の発行体(それは徐々に、サブプライムローンへの請求権を切り分ることによって自分たちでつくりだした証券を売却しようとするウォールストリートの会社を意味するようになった)が複数の格付け機関から格付け機関を選べたのだ。従って、彼らは自分たちのビジネスを自分たちに最も都合の良い評価を下す格付け機関に向けることができ、加えて自分たちの格付けの仕事をあまりにもしっかりやろうとする格付け機関からは手を引くと脅した。後から考えれば、これが格付けのプロセスをどのように腐敗させたかは、あまりにも明らかだ。
And it did. The Senate subcommittee has focused its investigations on the two biggest credit rating agencies, Moody’s and Standard & Poor’s; what it has found confirms our worst suspicions. In one e-mail message, an S.& P. employee explains that a meeting is necessary to “discuss adjusting criteria” for assessing housing-backed securities “because of the ongoing threat of losing deals.” Another message complains of having to use resources “to massage the sub-prime and alt-A numbers to preserve market share.” Clearly, the rating agencies skewed their assessments to please their clients.
These skewed assessments, in turn, helped the financial system take on far more risk than it could safely handle. Paul McCulley of Pimco, the bond investor (who coined the term “shadow banks” for the unregulated institutions at the heart of the crisis), recently described it this way: “explosive growth of shadow banking was about the invisible hand having a party, a non-regulated drinking party, with rating agencies handing out fake IDs.” 
そして、プロセスは腐敗した。上院の小委員会は調査を、ムーディーズとS&Pという格付け最大手の2社に絞った。小委員会がみつけだしたことは我々の最悪の疑念を裏付けている。あるメールの中でS&Pの従業員は、「ディールを失う現在進行形の危険のため」、家を担保に取った証券を評価するための「評価基準の調整について話し合う」ミーティングが必要だと述べている。別のメールでは「マーケットシェアを維持するためにサブプライムとalt Aを扱う」ためにリソースを割かなくてはならないことについて文句をいっている。明白なことに、格付け機関はクライアントをよろこばせるために自身の評価を歪めたんだ。この歪められた評価は、まわりまわって、金融システムに対し、自身が安全にとれるよりもはるかに大きなリスクをとらせることを助けた。債券投資家であるピムコのPaul McCulley(彼は金融危機の震源にあった規制されていない金融機関を「シャドーバンキング」と命名した)は、最近これについて以下のようにのべている。
「シャドーバンキングの途方もない成長は、概ね、見えざる手が偽のIDを発行する格付け機関とともに規制なしの飲み会をやったということだ。」

2011年10月28日金曜日

格付け機関② クルーグマン

前回マイケル・ルイスの格付け機関批判を見たが、これに並んで強烈な批判がWebにあったので訳してみた。
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以下はアメリカの大手格付け機関のS&Pが今年の8月5日に米国債の格付けをAAAからAA+に引き下げたときに、MITのクルーグマン教授がNew York Timesのコラムでこの話題を取り上げたもの(Paul Krugman, "Credibility, Chutzpha, and Debt",2008, August 7, 2011, New York Times column)
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このコラムでのクルーグマン教授の批判は2正面で、1つは格付け機関への批判。もう1つはアメリカの共和党の議員たちの振る舞いに対してのもの。以下では前半の格付け機関を扱った部分だけを訳した。
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前回の分類に対応させると4(格付けが間違い続きだ)だろうか。
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信頼性、厚顔無恥、そして負債
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アメリカ国債の格付けを引き下げるという格付け機関S&Pの判断をめぐっての大騒ぎを理解するためには、2つの互いに矛盾するかに見える(けれど実際には矛盾しない)見解をもっておく必要がある。最初の見解は、確かにアメリカは、かつてそうであったような安定して信頼できる国ではもはやない、ということだ。2番目は、S&P自身の信頼性はより低いということで、S&Pは我が国の将来に関する判断を求める人が頼る場所としては最も不適格なところだ、ということだ。
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S&Pの信頼性の欠如のほうから始めよう。S&Pによるアメリカ国債引き下げについて一言で述べるならば、「厚顔無恥(注:chutzpah)」ということになるだろう。伝統的にはこの言葉は、両親を殺した若い男が、自分が(注:いまはもう)孤児であるからといって慈悲を乞うという例によって説明されている。
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結局のところアメリカの巨額の財政赤字は、主として2008年の金融危機後に起こった経済の停滞の結果である。そしてS&Pは、同業の格付け会社とともに、結果として後に有毒廃棄物となったモーゲージ担保債にAAA格付けを付与することで、その金融危機を引き起こすのに大きな役割を果たした。
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S&Pの判断の誤りはそれだけに止まらなかった。悪評高いことに、S&Pはその崩壊が世界規模のパニックの引き金を引いたリーマン・ブラザーズに対して、リーマンが消滅したまさにその月にA格付を与えた。そしてS&PはこのA格付けの会社が破産したことに対し、どのように反応しただろう?間違ったことは何もしなかった、というレポートを発行することで対応したのだ。
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ちょっと待って欲しい。これでもS&Pはましになってるだ(注:Wait, it gets better)。アメリカ国債を格下げする前に、S&Pは自社のプレスリリースのドラフトをアメリカ財務省に送付した。財務省の職員は即座にS&Pの計算の中に2兆ドルの誤りがあることを発見した。そしてその誤りたるや国家予算の専門家ならば誰も犯さない類の誤りだった。財務省との協議のあとS&Pは自分が間違っていることを認めた。そして、誤りを指摘された経済分析のうちのいくつかを取り除いた後、それにもかかわらずアメリカ国債を格下げした。
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すぐ説明するように、その手の予算見積もりなど、いずれにしても重視されるべきものではない。けれど、このエピソードはS&Pの判断に対する信頼を喚起するものではまったくない。
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さらに広く言えば、格付け機関が我々に対し、国家の支払能力に関する彼らの判断を重視するべきという理由づけを提供したことなど一度もない。一般的にいってデフォルトをする国家が、そのデフォルト前に格下げされることはたしかだ。だがそのようなケースでは、格付け機関は単にマーケットを後追いしたにすぎない。そのような場合、マーケットはすでに問題をかかえた債務者を攻め立てていたのだ。
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加えて、投資家がまだ信頼を置いている今のアメリカのような国家を格付け機関が格下げしたまれな例において、格付け機関はコンスタントに間違え続けてきた。特にS&P2002年に格下げを行った日本のケースを考えてほしい。格下げから9年後においても日本は自由にそして安価にお金を借りることができている(注:低利で国債が発行できている、という意味)。実際のところ、先週金曜日の時点で10年もの日本国債の金利は1%にとどまっている。
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だから、先の金曜日のアメリカ国債の格下げを重くうけとめるべき理由はまったくない。この連中は、その判断をもっとも信頼するべきでない連中なのだ。


(以下略)

2011年10月26日水曜日

格付け機関① マイケル・ルイス

サブプライムローンに端を発する金融危機後、大手の格付け機関に対してはありとあらゆる種類の批判がよせられたが、複雑な経済事象を一目でわかる形(分かりやすすぎとの批判はあるが。。)で提示してくれるメディアには需要があるためか、依然順調に存続しており、一例としてムーディーズの業績はサブプライム危機がおこった2008年と2009年は減収となったが2010年は以下に見るように増収となっている*。なお、ムーディーズはかつて非公開だったが、2000年に上場をしている。
*以下はMoody's Corporationの2010年のAnnual Reportより売上と営業利益を示したグラフを転載した。

仮に1ドルを76円として換算すると2010年度のムーディズの営業利益(772.8millionドル)は約600億円であり、その規模の民間企業が昨今では欧州国債の格付け引き下げを巡り各国政権から直接批判されたりしており、その影響力は依然大きいようだ。

同業他社のS&Pがアメリカ国債の格付けを、計算間違いを残したまま引き下げて米政権から抗議をうけたのも記憶に新しい。

以下によく聞かれる格付け機関への批判をつらつらと羅列してみた。
  1. そもそも働いている人材の質が悪い
  2. 格付けの根拠となるモデルが古い/おかしい/恣意的/あるいはそもそも根拠がない
  3. フィー体系がおかしく、格付けが公正・中立ではない(格付けをもらう側からお金をもらうためもらう側に都合のよい格付けとなるという意味)
  4. 格付けが間違い続きだ
  5. マーケットが寡占されており、競争がなく無根拠な分析を延々と続けていても商売が成り立つ
言われ放題だが、直近のサブプライムでの失敗が多くの人の記憶に鮮明にあるため擁護する側も全面的に擁護するのはなかなか難しい。

擁護(?)の議論としてよく聞かれるのは、「サブプライムでは間違えを犯したが、ほかのプロダクトでは価値を提供できる」、「格付け機関にもいろいろ問題はあるが、往々にして悪く格付けされた側にはより大きな問題があるため、病気を指摘したからと言って格付け機関を非難するのは筋違いだ」、といったところだろうか

今日は上の議論の当否は置いておいて、批判1に関連して昨日読んだマイケル・ルイス「世紀の空売り」内の記述が面白すぎたので、以下に抜き出してみる*
*以下主人公たち(彼らはサブプライム市場全体が詐欺の上になりたっていると確信している)が2007年の1月にラスベガスで開かれた「サブプライム・モーゲージ市場の関係者が一堂に会する会合」に出席したさいの場面からの抜粋。この場面はマイケル・ルイスの面目躍如、といった感じの傑作である。
今、アイズマンが初めて格付け機関の人間と言葉を交わして、すぐに印象づけられた-モーゼスとダニエルも同じように感じた-のは、社員たちの覇気のなさだった。「郵便局に足を踏み入れると、公務員とそうでない人たちがどれだけ違うか、わかりますよね。格付け機関の社員は、みんな公務員みたいな感じなんです。」と、ダニエル。集団としては債券市場でいちばん力を持っているのに、ひとりひとりは非力なのだ。 (P234より)
業界全体が、格付け機関の支えによって発展してきたというのに、格付け機関で働く社員たちはほとんど業界の一員とはみなされていなかった。格付け機関の社員がロビーを歩いていると、ウェルス・ファーゴのような二流商業銀行の社員か、オプション・ワンみたいなモーゲージ金融の平社員など、九時から五時までの仕事しかしない人間とよく間違えられた。格付け機関の社員がヴェガスで着ていたスーツを見れば、本人について知っておくべきことの半分はわかった。あとの半分は、そのスーツの値段でわかった。(P235)
リーマンやベアー・スターンズやゴールドマン・サックスの債券の格付けをして給料をもらっているというのに、格付け機関のモデルの盲点を利用して大金を稼ぐリーマンやベアー・スターンズやゴールドマン・サックスの人々については、名前を始め、重要な事実を何もしらない。自分の職務を正当化するだけの知識しか持ち合わせていないようだった。気が小さくて、臆病で、リスク回避型。「クラップスのテーブルでは、ひとりも見かけませんでしたね」と、モーゼス。(P235-236)
アイヅマンが格付け機関の実情を認識したのも、ヴェガスでのことだった。「こちらが気にしていることについて、格付け機関はまったく無頓着だった。あの場に坐ってて、ひどいじつにお粗末だ(注:原文協調)と思ったよ。優れた知性を持つ人間と一緒にいれば、何もしなくても、それがわかる。リチャード・ポズナー(法学者)と同席すれば、さすがリチャード・ポズナーだと感じる。格付け機関の社員と同席すれば、格付け機関のお里が知れるというわけさ」。 
社員たちのふるまいから判断すると、格付け機関がもっぱら気にしているのは、投資銀行から依頼される格付けの件数とその手数料をできるだけ増やすことだった。 (P236)
 格付け機関の質は、業界にとどまれる最低線すれすれまで落ち、そこで働く社員は、自分たちがどれだけウォール街の大手投資銀行に利用されてきたか、気づいてもいないありさまだった。(P237-238)
小説はサブ・プライム市場を扱っているのだが、債券業界全体での格付け機関の地位がなんとなく分かる。実際に格付け会社の報酬は低いようである。
「給料面で恵まれてないんだよ。」と、アイズマン。「その中で、目端の利くやつはさっさと投資銀行に転職して、その経歴を武器に、元の職場を操作する側に回ってしまう。本来、ムーディーズのアナリスト以上に大仕事ができるアナリストなどいないはずだ。『アナリストとして、これ以上の地位は望めない』と胸を張っていい。ところが、稼ぎはびりっけつ!(以下略)」(P234)

2011年10月25日火曜日

絵画-ゴヤ→ドーミエ

今月の22日から来年の1月29日まで国立西洋美術館でゴヤ展が行われているようだが、ゴヤは請負により膨大な絵を描く一方で、解釈が難しい絵も多く描いた人で、私はこの画家がとても好きだ(まだゴヤ展にはいっていないが)。

ゴヤが生き、描いた時代(1746-1828)はヨーロッパがフランス革命→ナポレオン→反動の時期を経験した時代と重なっており、ヨーロッパにおいて近代社会が姿をあらわした時代である。当然ながら当時フランス等からみるとヨーロッパの辺境だったスペインにもこの動乱は大きな影響を及ぼした。

実際18世紀のスペイン社会は働かない貴族や坊主、腐敗した教会、未だ存続していた異端審問官(!)、「夜とイエズス会は必ず戻ってくる」といわれたイエズス会等のキャストが社会の上層部を占め、これらの層はありとあらゆる無茶苦茶な破廉恥騒ぎを行い、これに国王・王妃・大臣も加わっていたそうだから、さぞや素敵な社会であったのだろう(庶民の生活は悲惨だが)。

これらの近代社会にはみられない「何をやって生活してるんだか分からない」(こういう発想は典型的に近代的なものだが)雑多な人々は、ナポレオン以後のフェルナンド七世による超反動政治、その後に続く内戦期においてもスペインに影響を与え続けた。

ゴヤは本質的に18世紀人であり、その時代の画家は近代的な意味の芸術家というより絵画の請負職人といった色合いが強かったようで、スペインの宮廷画家としての職務は王室や貴族の肖像画やどこかに飾るための絵を描くことだったらしいが、彼の絵のなかで私は以下の絵がよく分からず、気になっていた。




The Junta of the Philippines or Sessions of the Junta of the Royal Company of the Philippines (Spanish: Junta de la Compaia de Filipinas), Francisco Goya 1815

この絵はRoyal Company of Philippine(王立フィリピン会社とでも訳すか?)のミーティングを祝するものとして王室からの発注に応じて描かれたのだが、この絵の中の株主達(画布左・右下)は画面中央の王(フェルナンド七世)を完全に見くびって椅子にだらしなく座り、でれでれしている。完全な近代的俗物であり、王の権威も何もあったものではない。これを王への献上品として描く画家がどういう神経をしているのかまったくわからないが、私はこの株主達を見るとドーミエ(Honore-Victorin Daumier:1808-1879)の以下の絵を思いうかべる。
この絵のビジネスマンはゴヤの株主達の直系のように見える。

さらに言えば、社会の上層部を占める人間達は19世紀このかた今日に至るまで、この絵のように、定刻から少し遅れて会議室に集まり、ぎょうぎょうしく正装しつつだらしなく座り、しかめ面をしながら横にいる輩と駄弁に耽ったり、勿体ぶって書類をくりながら実はどうでもいいことを妄想したり、あるいは昨晩の乱痴気騒ぎが原因で居眠りをしたりしながら、小金儲けのための会議をしてきたのだし、これからもそうするのだ。

そして今後、このような場面が繰り広げられる領域は拡大の一途をたどり地球はこの手の紳士・淑女で溢れ、彼・彼女達は果ては宇宙にまで進出するのだ

・・・・・・ゴヤとドーミエはあまり並べて論じられることがないようだが、互いの絵には類似点がたくさんあると思う。。

2011年10月24日月曜日

日本-「債務残高」の定義(メモ)

最近週刊誌などで国の債務残高が膨らみすぎて云々といった話題が多くて数字を見てみようと思った。

・・・が、単純に国の債務残高*といっても複数の定義があるようで、発表主体や論者によって定義が少しずつ違う。
*純債務残高をめぐる議論もあるようだが、ここでは総債務残高のみを取り扱う。

あらためて考えるとこれはおかしなことで、一般論として社会科学においては議論の前に議論の対象となる概念の定義は共有するべき、とのルールがあるはずだ。

ネットを見てみたら財務省のページに以下の資料があった。
出所:財務省
・・・上記のように債務残高については財務省自身もいろいろな定義があることを認めている。
以下少し整理するために知人から借りているマクロ経済学の教科書*から債務残高の定義を説明した部分を抜き出してみた。
*以下マクロ経済学(斎藤誠、岩本康志、太田聡一、柴田章久著 有斐閣)P375-6からの抜粋。
  1. 国債及び借入金並びに政府保証債務残高:財務省がIMFの公表基準に沿って3か月に1回公表するもの。上表の③に政府保証債務をプラスした数字。定期的に発表されるので一番メジャー?
  2. 総政府債務残高:1から政府保証債務を除いたもの。つまり上の③。OECDの統計集Central Government Debt内の総政府債務(Total government debt)はこの定義で計算される数字。OECDが日本政府の研究などをする場合にはこの数字を使うことが多い?
  3. 国と地方の長期債務残高:上の2から財政投融資特別会計国債と政府短期証券を除いた「国の長期債務残高」に総務省が発表する「地方財政の借入金残高*」を足し合わせ重複分を消去した数字。地方の債務が入っているので国と地方の合算値をみたいときに利用される。
  4. 公債等残高:3から交付国債、出資国債等、交付税特別会計以外の特別会計借入金、公営企業債を除いた数字。経済諮問会議ではこの数字が議論された模様。
*地方債残高、公営企業債残高、国の交付税特別会計借入金残高の合計

この定義を用いて上記の財務省の表をつくりなおすと以下のようになる。

債務残高の定義表以下のすべての数字は政府保証債務を除き平成23年度(2011年)度末の予測値として財務省の上表からとった

+:この定義での借入金・交付金等には交付税特別借入金と一般会計借入金のみ含まれる(上の財務省の表を参照)
++:平成23年度末の予測値が見当たらなかったので財務省のホームページから平成23年6月末の実績値を採用

実は、上の各定義には、国民経済計算上の「一般政府債務(国・地方・社会保障)」の計算に含まれる「社会保障基金」の債務(財務省上表の右端を参照)が含まれていないため注意が必要のようだ。

また、上記の各定義は内閣府が作成している国民経済計算の一般政府債務や日銀の資金循環表上の政府負債の数字とも定義のずれがあるようなので、どれを参照するのかで議論で使われる政府債務の数字がかわる。

債務問題を論じる論者がどのような数字を使っているのか注意してみると面白いかもしれない。

2011年10月21日金曜日

世界-安全資産の不足⑤Farhi, Gourinchas, and Rey (2011)-2

前回の続きでFarhi, Gourinchas, and Rey (2011)。

前回は、将来の世界では複数の国債通貨が安全資産(準備金)として併存する到来する可能性が高い、というところで終わったが、今回はそのような世界が実現したさいのシナリオ。
  • 単一→複数通貨への移行後に世界の金融システムがどうなるかについてはいくつかのシナリオが考えられる。
    • シナリオ1.安定性の向上:現在のEU及び中国の世界GDPに占める割合の上昇に比例する形で国際通貨についても円滑にドルからユーロ・元への置き換えがおこり、結果として安全資産の充分な供給により世界金融システムが安定化する、というシナリオ。このような世界では基軸通貨を発行する各国はその裏付けとなる財政の健全さを相互に競うだろう。これは各国を財政健全化に向かわせるようなよいインセンティブを与える。将来的にこの方向にすすむために、ユーロは加盟相互保証付のユーロ債を発行し、中国は自国の金融システムをよりオープンなものに改革する、ことが望ましい(提言1)。
    • シナリオ2.不安定性の向上:上記の安定化シナリオは望ましいがそれ以外のシナリオも考えられる。基軸通貨の多極化は世界を不安定化する要因になりうる。複数の貨幣を背景とするリザーブ(安全)資産が併存する状態は通貨・資産相互間の互換可能性(interchangeable)を必要とするが、このような世界では小さなショックに対し、不意に巨額の資金移動が起こり得る(現在のユーロ)。従って複数の基軸通貨を有する世界は安定期と不安定期を交互に経験する可能性が高い。
著者達は上記に続き、(前回挙げた)提言2-5を検討する。提言2-5は短期的に予想される安全資産不足に起因するショックに対応するため、危機が発生した国に流動性を供給したり、モニタリングを行うメカニズムの拡充である。

なお、提言2は将来の流動性危機に備えるためリーマンショック後に臨時的に各国の中央銀行間で創られた通貨スワップ網を恒久化する、ということらしい(以下ペーパーのFigure5より転載)。




ここまで見て分かる通り著者達の主張の根幹には、米国の経済が世界に占める割合の縮小・中国及びインドを代表とする新興国の経済発展により、ドルの基軸通貨としての地位の弱体化は必然であるという想定がある。

このような認識を示す論者は多くたとえばThe EconomistはArvind Subramanianの本から以下のような以下のようなグラフ(世界の経済大国トップ3の世界経済に占める割合)を紹介している*。
*The Economist, Sep 10th 2011, "The celestial economy"  




    2011年10月20日木曜日

    世界- 安全資産の不足④ Farhi, Gourinchas, and Rey (2011)

    世界の金融システムに資産不足の問題が内在する、という説を紹介した。

    今回はそれではこのような問題を持つ金融システムをどのように変更していけばよいか、というテーマを扱ったペーパー*がWebに出回っていたので目をとおしてみた*。
    *Emmanuel Farhi, Pierre-Oliver Gourinchas, and Hélène Rey, 27 March 2011, "Reforming The International Monetary System"

    著者達はそれぞれにカバレロとの共著もあるためか(以前のカバレロのインタビューにも言及されていた)、世界経済の安全資産不足という問題を正面からとりあげつつ今後の金融システム改革のための提言をしている。

    提言は以下の通り。
    1. 世界の主要な準備資産として米国債の代替となる資産を開発する。
    2. 今次の金融危機の際に臨時措置として導入された相互スワップ契約を常設のものとする。
    3. IMFがもつFlexible Credit Lines(柔軟な与信枠)、Precautionary Credit Lines(予防のための与信枠)、及びGlobal Stabilization Mechanism等のファシリティーの権限を強め範囲を広げる。加えてIMFの既存のファイナンスメカニズム(特にthe New Arrangements to Borrow)を拡大し、IMFがマーケットから直接借入をできるようにする。
    4. IMF内に外国通貨をリザーブしておくための機能を創設する。そのようなメカニズムは参加国へのより多くの流動性の供与、及びそれに付随して、生産的な投資への資金供与の形で準備金が再利用されるされることを可能にする。
    5. 世界の資金フローへのIMFの監督権を拡大し、金融規制に関する各国間の協調を強化する。
    上記の提言そのものの是非はとりあえずおくとして、著者達がこのような提言にいきつくまでの議論のプロセスのほうが面白かったので以下に書き出す。
    • 今日米ドルの準備通貨としての地位は他の通貨に優越している(準備通貨、決済手段、及び価値保存手段のいずれの面でも)。流動性及び安全性の面で米ドルに代わりうる通貨はブレトンウッズ体制崩壊(1971年)以後現在まで現れていない。
    • ドルへの信認の裏付けとなるのは米国債への信頼であり、その信頼の根本にあるのは米国政府の財政規律及び国家制度の質(institutional quality)への信頼である。
    • この一方で将来の以下のような変化は安全資産への需供の不均衡を引き起こすことが予想される。
      • 世界経済の収束:世界経済における先進国と発展途上国間での大いなる収束(Great Convergence)が進展している。先進国が世界のGDPに占める割合は1992年の78.2%から2009年の64.3%と急減している。1つの要因は中国を含むアジア及びインド・ブラジル等の急速な経済発展。この発展の一方これらの国の金融市場は積みあがった資産を安全に保存しようとする需要に見合う安全資産を供給できない(経験則として金融市場の深化は経済発展に遅れる)。
      • 頻発する金融危機に端を発する途上国の安全資産への需要増加:途上国の経済はマクロ的なショックにたびたび翻弄されてきた。例としてコモディティの価格の大変動(1974-1979、2006-2009)。資金フローの急激な反転(1997-8アジア金融危機・2008 リーマンショック)。これに対応するために途上国はリザーブとなる資金への需要を急速に増加させている(これは正しい戦略だったことが2008年以降の金融危機で証明された)。
      • 米ドルの代替となりうる経済圏の出現:2009年度のユーロ圏のGDPは12,400billion$で米国の14,100billion$に迫っている。また中国のそれは5,000billion$である。
      • 先進国財政のトレンド及び高齢化:これからの何年かは多くの先進国の財政は以下の理由からひっ迫することが予想される。
        • 進む高齢化
        • 財政に占める医療関連予算の増加
        • 金融危機に端を発する公共投資支出
        • 金融セクターの救済のための支出
    • 上記は短期・中期的に以下のような問題を引き起こす。
    • 短期:世界の諸国における安全資産に対する需要は増加し続ける、一方でこのような資産の供給は各国の金融システムの発展が経済発展においつかないため急速には増加しない。結果需給の不均衡は悪化し、結果としておこる安全資産=米国債への需要超過は米国金利および世界金利を低位に押し下げる要因となる。
    • 中期:新しいトリフォンのジレンマ、とでもいうべき状況がおこる。
      • (旧)トリフォンのジレンマ:ブレトンウッズ体制(1945年-1971年まで続いた金とドルの交換比率を固定:1オンス35$に固定)のもとで、当時の発展途上国(日本・ヨーロッパ)の経済成長を背景としたリザーブ通貨(ドル資産)への需要増加に対して、米国が直面したジレンマ。もし外国政府によるドル資産への年々増加していた需要がみたされていた場合、世界に流通する貨幣の総量はストックが一定である金に固定されていたため、米国国内に流通する貨幣を減らす必要が生じた。これは米国内へのデフレ圧力を増加させるため政策として米国側で維持しつづけることが難しかしい、ということを経済学者のトリフォンが指摘した。結果として米国はドルの価値を金に固定させる政策の維持ができなくなり、1971年に変動相場制に移行した。
      • (新)トリフォンのジレンマ:米国の信任を背景とするドル資産の供給量が増加する新興諸国からの需要に追いつかなくなる問題。米国は無限定に(=財政的な裏付けもなく)国債の発行量を拡大できないが、新興諸国からの需要は今後も続くことが予想される。結果として世界の経済システムで流通するリザーブ資産(安全資産)は多極化(multipolar)し、複数のリザーブ資産が併存するようになる。
    長くなったのでここで一旦打ち切るが、米国経済のシェア低下->単一通貨から多極通貨への移行、というシナリオは他でも*論じられている
    *Ignazio Angeloni, Agnès Bénassy-Quéré, Benjamin Carton, Zsolt Darvas, Christophe Destais, Ludovic Gauvin, Jean Pisani-Ferry, André Sapir, Shahin Vallee,  19 May 2011, "Reform options for the global reserve currency system", DG ECFIN, Brussels。なお以下のグラフは当該発表の5P目のグラフを転載

    以下に超長期の国力の推移を比較したグラフを載せる。

    Percentage shares of selected countries and areas in world GDP, 1870-2050 (At 2005 exchange rates and prices)
    これをみると米国経済の世界に占めるシェアが(戦争期を除いて)1910年以後安定している点や中国の経済成長の急速さが目につく(あくまで予想だが)

    2011年10月18日火曜日

    世界- 安全資産の不足③

    前回までカバレロとバーナンキの議論を見ながら世界における安全資産不足という問題を概観した。

    カバレロ(とある程度はバーナンキも)の理論は世界で実際におこっている以下の事象を統一的なフレームで説明しようとする試みであり、ある種壮大である(これぞマクロ経済理論という感じ?)。
    • グローバルインバランス:世界の主要国の経常収支間で継続して続く不均衡。具体的にはアメリカが巨額の経常収支を抱え、日本・ドイツ・中国・その他アジア等の国々が経常収支の黒字(資本収支の赤字)を継続している状態(グラフ1*参照)
    • 米国および世界金利の低下:貯蓄過剰国(これらの国は金利が低くなる)からの資金の流入(=米国債の買い支え)による米国の長期金利の低下(グラフ2*参照)
    • 世界で頻発するバブル:これらも資産不足による希少資産への資金流入による(グラフ3**参照)
    *グラフ1とグラフ2はMaurice Obstfeld and Kenneth Rogoff, 2009, "Global Imbalances and Financial Crisis: Product of Common Causes", Federal Reserve Bank of San Francisco Asia Economic Policy Conference October 18-20, 2009の中のFigure1及びFigure6を転載。
    **グラフ3はRicardo Caballero, Fall 2007,"The Macroeconomics of Asset Shortages",を転載。

    上記の各事象自体は実際に起こっているため、その存在を否定することはできないが、それぞれに対して安全資産の不足以外の要因を指摘する議論もあるようだ*。
    *特にグローバルインバランスについてカバレロは途上国における安全資産不足に起因する先進国への資産フローがグローバルインバランスの原因ととれるような議論をしているが、これについてはそれぞれの国内の貯蓄と投資のバランス(基本的にこれが経常収支を決定する)の偏りがグローバルインバランスの原因(=米国は消費しすぎ、貯蓄しなさすぎ)である、とする見方も根強く、筆者には判断がつかない。

    グラフ1: 世界の経常収支1995-2009
    グラフ2:主要国の長期実質金利の推移
    グラフ3:世界で頻発したバブル

    2011年10月14日金曜日

    世界-安全資産の不足② バーナンキ(2011)

    前回取り上げたカバレロのインタビューにおける世界経済における安全資産不足問題はストーリーとして以下のようなものだった。
    • 1997-1998年のアジア金融危機以降、多くの新興諸国及びコモディティ(原油等)産出国は国内での貯蓄が投資を上回る状態が続いていた。
    • これらの国々の国内金融市場は、安全に価値を保全でき(安全性)且つ容易に貨幣に変換できる(流動性)資産を充分な量(つまり国内の貯蓄を吸収するために充分な量)供給することができなかった。
    • 結果として、(つみあがった貯蓄の価値を)安全に保存できる資産を求めて、これらの国々から先進国(アメリカ)への資本の逃避がおこった。このような資金の流れは直観(=資金余剰・投資機会不足の先進国から資金不足・投資機会豊富な発展途上国への資金の流れ)に反する流れである。
    • それらの資金のほとんどはアメリカの金融市場に流れたが、アメリカの金融市場においてもそれらをすべて吸収するだけの量の安全資産は供給できなかった。
    • 結果として、このような大規模な資金の流入は「世界で最もダイナミックな金融市場」にAAA格の債権をつくりだすインセンティブを与え、サブプライムローン等をもとにしてAAA格の債権が(人工的に)つくりだされた。しかしそのような債権はUS Treasuries等と同等にマクロのショックに対して頑健な資産ではなかった(結果として金融危機が発生した)。

    実はこのような問題意識を持つのはカバレロだけではない。現FRB議長のベン・バーナンキも最近発表されたディスカッションペーパーBen Bernanke, Carol Bertaut, Laurie Pounder DeMarco, and Steven Kamin, February 2011, "International Capital Flows and the Return to Safe Assets in the United States, 2003-2007", International Finance Discussion Paper)では同様の認識を少し違った角度から示している。以下当該ペーパーから点を抜き出してみる。
    • 直近のアメリカの金融危機の要因は複数ある。国内要因を挙げるとローンのアンダーライティングにおける歪み、金融機関におけるリスク管理の杜撰さ、金融規制の範囲やインプリメンテーションにおける問題等。
    • これらに加えて外的要因として海外、特に貯蓄過剰国(GSG:日本以外のアジアと中東の国々)からの資金流入は、危機の発生に以下のような役割を果たした*。
      • 2000年から2007年まで米国の10年債の利回りを低位に押し下げ続けた(図1参照)。この間公定歩合は1%から5.25%にあがっていた。グリーンスパン(前FRB議長)はこの長期レートの低下を謎(conundrum)と呼んだ。
      • MBS(モーゲージ担保証券)の利回りを低い水準に押し下げた。この間、MBSの発行残高は6.4兆ドルから11.1兆ドルまで増えていた。
    • 新興諸国における貯蓄過剰(国内貯蓄が国内消費を上回る状態)の原因のいくらかは、1997-8年のアジア金融危機の結果としての投資を抑制し貯蓄を優先させる性向と原油価格等のコモディティ価格の高騰、及びアジア諸国の高い貯蓄率に求められる。
    • このように積みあがった資金は国内では供給されない安全資産を求めてアメリカに流入した。
    • またこの間貯蓄過剰国以外にヨーロッパからも巨額の資金がアメリカの金融市場に流入した(以上の概要はテーブル1を参照)。
    • 結果としてこれらの需要にこたえるためアメリカの金融市場はAAAの商品をつくりだした。
    • 貯蓄過剰国からの資金は米国債または米国が(暗黙の)保証をしている機関が発行する債権(Agency Debt等)を購入した(図2参照)。
    • また、つくりだされた商品の大部分は(安全資産を求める投資家の期待にこたえるため)AAA格付けをもっていた(図3参照)。
    *バーナンキはこのディスカッションペーパーの中で「金融危機発生を新興諸国からの資金流入のせいにしているわけではなく、あくまで危機の第一義的な責任は米国の国内要因である」と断りをいれている。彼はGlobal Saving Glutの概念を最初に持ち出したスピーチで(The Economistを含む)多方面から非難(自国の失敗を他国のせいにしている、等)をうけており、ここではそれにも配慮したと思われる。

    テーブル1 (ディスカッションペーパーのTable1)


    図1 (ディスカッションペーパーのFigure1).

    図2 (ディスカッションペーパーのFigure 3)

    図3(ディスカッションペーパーのFigure9)

    2011年10月13日木曜日

    世界-安全資産の不足 カバレロ(2011)

    少し前に読売新聞のオンライン版に日本円が買われる理由についての記事がでていた。
    記事では、
    欧州ではギリシャだけでなく、スペインやイタリアなどにも財政不安が広がっていますし、米国でも世界で最も安全な資産とされた米国債が格下げされました。ユーロやドルを持っている人が少しでも安全な資産を探したら、たまたま円が目に付いたというわけです。
    という記述の後に、円が買われる理由として消費税増税による日本国債の返済余力と大震災に際した日本人が示した規律・真面目さを挙げられていた。

    その理由付けの是非はおくとして、債務残高等からその債務の返済可能性にたびたび疑念が表されるにもかかわらず日本国債が買われる理由として最近よく挙がる「(少しでも)安全な資産を求めて」という理由をたどっていくと、その根本には、最近エコノミストが頻繁に指摘するようになった「世界が供給する安全資産の(絶対量の)不足」という問題があるように思える。

    ミネアポリス連銀のホームページに掲載されているインタビューこの安全資産の不足(Safe asset Shortage)について、提唱者のMITのリカルド・カバレロ教授(June 1 , Interview with Ricardo Caballero)によるわかりやすいまとめとなっているので、以下に抜粋してみる(英語のあとに(いい加減な)訳を付した)。
    Region: I’d like to focus initially on the financial crisis. You’ve written that the heart of the crisis wasn’t so much lax monetary policy or a faulty regulatory regime, but rather global asset scarcity, which led to the United States holding a “toxic waste” of highly risky assets—a great phrase. It’s an intriguing idea, somewhat novel to me. Could you explain briefly what you mean  
    Ricardo Caballero: It’s a story in two steps. The first, present at least since the Asian crisis, is that the world has experienced a shortage of assets to store value. Emerging and commodity producing economies have added an enormous demand for assets that is not being met by their limited ability to produce these assets. I believe this global asset shortage is one of the main forces behind the so called global imbalances, the low equilibrium real interest rates that preceded the crisis, and the recurrent emergence of bubbles. Contrary to the conventional wisdom, I think these phenomena are not the result of loose monetary policy, but rather the other way around: Monetary policy is loose because an asset shortage environment would otherwise trigger strong deflationary forces. This idea is related to Ben Bernanke’s savings glut story;1 he was working on these things at the same time but from a different angle, emphasizing the behavior of savers rather than that of asset supply. The models I developed with Emmanuel Farhi and Pierre-Olivier Gourinchas clarified these different mechanisms.2 
     インタビュアー(注:The Regionというのはミネアポリス連銀が発行する定期刊行物のメイショウ):最初に直近の金融危機(注:2008年のリーマンショック)についてお聞きかせください。あなたは金融危機の根本にある問題は、放漫な金融政策や金融規制の失敗ではなく、世界的な資産の不足にあり、それによってアメリカは有毒廃棄物といわれるリスクの高い資産を保有することになったと書いています。これは興味深く、私にとっては幾分目新しいアイデアです。簡単に説明していただけませんか?

    リカルド・カバレロ: ストーリーは2段階です。最初は、これは少なくともアジア金融危機の時から存在していた現象ですが、世界経済には価値を保存するための資産が不足しているということです。新興諸国並びにコモディティ(注:原油等)の産出国は、自国では限られた量しかつくりだせないこのような資産(注:安全資産)に対する巨大な需要を付け加えました。私はこの世界的な(安全)資産の不足が、いわゆるグローバルインバランス及び金融危機に先行した低い均衡実質金利、そして繰り返し発生するバブルの背後にある主要因の一つだと考えています。世間一般の通念とは逆に、私はこれらの現象(注;グローバルインバランス等)は放漫な金融政策の結果であるとは思いません。むしろ因果関係は逆であると思います。金融政策が緩かったのは、そうでなければ資産が不足している環境のもとでは強いデフレ圧力を発生させたであろうからです。このアイデアはベンバーナンキ(注:現FRB議長)の過剰貯蓄理論と関連しています。彼はこれらの事象に対して同時期に、違った視点で取り組んでいました。彼は資産の供給ではなく貯蓄過剰国の行動を重視したのです。私がEmmanuel Farhi 及びPierre-Olivier Gourinchasと開発したモデルはこれら2つの異なるメカニズムを明確化しています。
    Region: You wrote that the entire world had “an insatiable demand for safe debt instruments.”
    Caballero: This is the second step, which began in earnest after the Nasdaq crash, when foreign demand for U.S. assets went back to its historical pattern of being heavily concentrated on fixed
    income (as illustrated by Gourinchas and Rey in their classic paper on the transformation of the United States into a global “venture capitalist”)3 and especially on highly rated instruments. This
    is the point, together with the natural fragility that emerges from such bias, that I made with Arvind Krishnamurthy at one of the AEA [American Economic Association] meetings.4
    The enormous demand for U.S. assets, with a heavy bias toward “AAA” instruments, could not be satisfied by U.S. Treasuries and single-name corporate bonds, and that imbalance generated
    huge incentives for the U.S. financial system to produce more “AAA” assets.
    As a result, we saw both the good and the bad sides of the most dynamic financial system in the world, in full force. Subprime loans became inputs into financial vehicles, which by the law of
    large numbers* and by the principles of tranching were able to create “AAA” instruments from those that were not. 
    インタビュアー:あなたは「世界は安全な元本保障型の商品(Safe debt instruments)に対する満たしきれない需要を抱えている」と書いています。

    カバレロ:それが第二段階です。これはナスダックの暴落時(注:2001年におこった米国ナスダック市場の暴落。いわゆるドットコムバブルの崩壊)に本格的に始まりました。アメリカ資産への外国からの需要が債権、それも高格付けのものに対して大量に集中するという歴史的なパターンに戻った時です(この点はアメリカの”世界のベンチャーキャピタリスト”への変容を扱ったGourinchasとReyの古典的な論文に示されています)。私とArvind Krishnamurthyは、アメリカ経済学会のミーティングでこの点及びそのようなバイアスが生み出す脆さを指摘しました。
    アメリカ資産への途方もない需要、それもAAA格の商品への偏りを伴った需要は、米国債(U.S. Treasuries)と企業が発行する債権だけでは満たすことができず、このような(注:需要と供給の)不均衡はアメリカの金融システムにより多くのAAA格の資産をつくりだすように巨大なインセンティブを発生させることになりました。結果として我々は世界でもっともダイナミックな金融システムの良い側面と悪い側面の両方を、大がかりに見ることになりました。サブプライムローンが金融機関へのインプットとなり、金融機関は大数の法則とトランシェ(切り分け)の原則(注:新たな債権をつくりだすため金融機関はサブプライムローンの担保となる物件から生じるキャッシュフローを階層に分けて切り分けた)を使ってAAA格付けの商品をつくりだせるはずでしたが、実際はそのようなことはできませんでした。
    Region: You mean “seemingly” AAA assets, right? Many contend that rating agencies were too soft in their ratings of these senior tranches.
    Caballero: Even if they were, that was not the main problem. A rating of AAA only means that the probability of default of that instrument is sufficiently low to meet this high standard, but it doesn't say when that instrument will default. Unfortunately, by construction, AAA tranches generated from lower-quality assets are fragile with respect to macroeconomic and systemic shocks, when the law of large numbers doesn't work.
    That is, this way of creating safe assets may be able to create micro-AAA assets but not macro-AAA assets. In other words, these assets were not very resilient to macroeconomic shocks, even though they might have technically met AAA risk standards.
    In principle, this was not a big issue, but it became a huge one when highly leveraged systemically important institutions began to keep these macro-fragile instruments in their balance sheets
    (directly, or indirectly through special purpose vehicles, or SPVs). This was an accident waiting to happen; AIG and the investment banks should have known better, but the low capital charges were too hard to resist.
    インタビュアー:見かけ上AAAに見える債権ということですよね?多くの人が格付け機関はこれらの上位のトランシェ(注:からつくられた債権)に対して甘すぎる格付けを付与したと考えています。

    カバレロ:そうだったとしても、それは大きな問題ではありません。AAAの格付けはただ単に当該商品がデフォルトする確率はこの高い格付け基準を満たすために十分低いものである、ということを意味していますが、それは当該商品がいつデフォルトするかについてはなにも示しません。不運なことに、質の悪い資産からつくられたAAAのトランシェ(注:を裏付けとする債権)は、その設計上、マクロの及びシステミック(組織的)なリスクに対して、つまり大数の法則が働かない場合に対しては脆弱なのです。
    つまり、AAA格付けの資産をこのようにつくることによって、ミクロな事象に対するAAA資産をつくることはできるかもしれませんが、マクロな事象に対するAAA資産をつくることはできないのです。言い換えれば、このような(注:つくられ方をした)資産は、たとえ技術的にはAAA格付けを取得する基準を満たしていたとしても、マクロ的なショックに対して脆弱でした。
    原則的には、これは重要なことではありませんでした。しかし、高いレバレッジを抱えた金融システムにとって重要な金融機関(Systemically important institutions)がこれらのマクロショックに対して脆弱な商品を自身のバランスシートに抱え始めた(直接抱えたり、SPVを使って間接的に抱えたり)さいにはとてつもなく重要な事態になりました。これは起こるのを待ち構えているような事故だったわけです。AIGや投資銀行は(このことを)もっとよく知っておくべきでしたが、(注:それらの商品を持つことにより課される)低い資本比率(注:の魅力)に抵抗できませんでした
    Region: So you do favor higher capital requirements ?
    Caballero: I don’t believe that increasing capital requirements for banks across the board is the right reaction to the crisis itself, but I do think that capital charges for systemically fragile instruments should be very high. From a systemic point of view, it is not the same for a bank to hold a single-name AAA corporate bond as a piece from a collateralized debt obligation’s AAA tranche. The latter is much riskier for the system.
    インタビュー:それでは高い資本比率を課す規制については賛成でしょうか?

    カバレロ:私は銀行に課す資本比率を一括して高くするということは、金融危機そのものへの正しい対処法ではないと思います。しかしながら私もシステム的に脆弱な商品に対する資本比率規制はとても高くあるべきだと考えます。システム全体の観点からみれば、ある銀行が一企業のAAA格付け債券を保有することと、その銀行がAAAトランシェからつくられるCDOの一部分を保有することは同じではありません。後者はシステムにとってよりリスクが高くなります。

    2011年10月12日水曜日

    絵画-ゴヤと古谷実の妖怪

    前から思っているのだが、ゴヤの版画集「気まぐれ」に描かれる妖怪(?)は漫画「ヒミズ」に出現する妖怪によく似ている。
    画家が聴覚を失った後に描かれたこの版画集(1797-1799年)は、当時のスペイン社会の腐敗・汚職・堕落を痛烈に批判・告発している、といわれていて、それはたしかにそうなのだろうが、同時にこの版画集は、画家(当時彼はスペインの宮廷画家)が不本意にも強いられた静寂の中時代を酷薄なまでに生々しく観察している、という感じを見るものに与える。


    直後にスペインを襲う動乱(それはナポレオンという現象によって引き起こされる)と後年のゴヤ自身の変貌までも示唆している、といわれるこの版画集を古谷実はヒミズの執筆時に知っていたのか、ほんの少し興味がある。


    以下ついでにゴヤ後期のいわゆる黒い絵に連なる連作から「和が子を喰らうサトゥルヌス」。
    ヒミズの映画版は来春日本で公開されるようだが、漫画版で描かれていた妖怪はどう取り扱われるのだろう。

    2011年10月11日火曜日

    世界-1900年からの経済成長

    先進国が景気後退に直面し、途上国も景気が減速することが予想されており、総体として世界の景気はよくない。日経にのっていたポール・クルーグマンのインタビューにも同様なことが書いてあった

    こんな時期ではあるがGapminder.orgが公開している2010年時点での世界各国の厚生状況を描写したグラフ(Gapminder World Map 2010)がよくできているので転載してみた。


    以下のグラフの縦軸は平均寿命で横軸が一人あたりの年間所得をとっている。また円の色は各国が属する地域、円の大きさは各国の人口(の大小)を表している(時点は2010年時点)。

    比較のために同じくGapminderをつかい1900年時点でのグラフをつくってみた。
    これでみるといろいろ面白いことがわかる。例えば日本は1900年にはほぼウクライナやブルガリアと同じくらいの位置にいたが、この100年の間に大きな経済成長を経験したことやこの100年での世界の経済水準の上昇がとても大きいことなど


    その一方で主としてアフリカ大陸の国々の多くは国民の厚生水準の改善という面で他の大陸の国々に比べて大きな遅れをとっていることもわかる。

    2011年10月8日土曜日

    中国 台湾-アメリカの台湾への支援

    世界経済の中での中国の経済的プレゼンスの上昇に伴い中国・台湾の関係も徐々に変質してきている。


    直近で両国間の外交問題となっているのが、アメリカから台湾への武器輸出。中国は当然のことながらこれに反発している。


    1979年にアメリカは中国を国として承認したため、台湾との外交関係を絶った(いわゆるニクソン・キッシンジャー外交の一環)。そのさいにアメリカ議会は(中国からの侵略から)台湾を防衛するため、アメリカ政府が台湾に兵器を供給するための法律をつくった。


    この武器供給に対して中国政府は反対。そもそも中国は台湾の国としての独立を否定しているため「台湾の中国からの防衛のために」という名目のもとに行われる兵器の売却を認めるわけがない。


    問題の前提として中・台間の軍事力は圧倒的に中国が上回っており、今回焦点となるF-16の台湾への売却で実質的なバランスが変化することはないが、この武器売却の継続は、アメリカによる台湾支援の継続の表れ、とみなされている(実際に台湾海峡で紛争がおこったさい、今のアメリカに介入する余力が残っているかは定かではないが)。


    MSNの記事は米・中政府間の摩擦を伝えている。


    The Economistはこの件に関し、台湾への武器供給の継続及びアメリカの台湾への支援を明確に支持している(Dim sum for China, The Economist, Sep 24, 2011)。以下抜粋。
    But to walk away from Taiwan would in effect mean ceding to China the terms of unification. Over the long run, that will not improve Sino-American relations. Five thousand years of Chinese diplomatic history suggest it is more likely to respect a strong state than a weak and vacillating one. Appeasement would also probably increase China’s appetite for regional domination. Its “core interests” in the area seem to be growing. To Chinese military planners, Taiwan is a potential base from which to push out into the Pacific. At minimum, that would unsettle Japan to the north and the Philippines to the south. 
    Strong American backing for Taiwan has served the region well so far. It has improved, rather than damaged, cross-straits relations, for Mr Ma would never have felt able to open up to China without it, and it has been the foundation for half a century of peace and security throughout East Asia (see Banyan). To abandon Taiwan now would bring out the worst in China, and lead the region’s democracies to worry that America might be willing to let them swing too. That is why, as long as China insists on the right to use force in Taiwan, America should continue to support the island.  

    しかしながら、(この問題で)台湾を見捨てるということは、実際には(注:中国が主張する)台湾併合の条件に関して中国に対して譲歩するということだ。それは長期的には中国・アメリカ関係を向上させはしないだろう。5,000年に渡る中国外交の歴史は、中国が弱く煮え切らない国家よりも強い国家を尊重することを示している。また、(注:この問題での中国への)融和は中国の台湾地域の支配への欲求を高めることになるだろう。中国が当該地域に対して有する利害関係(注:"Core Interests"を訳せなかった)は増しているようである。中国の軍事計画の担当者にとって、台湾は(注:中国軍が)太平洋にでていくための潜在的な足がかりである。少なくとも、それは北においては日本を、南においてはフィリピンを動揺させるだろう。

    アメリカの台湾への強固な支援は、これまで(台湾周辺の)地域によい結果をもたらしてきた。それは海峡を挟む中・台関係を傷つけるものではなく、むしろ向上させてきた。それがなかったら馬氏(注:台湾の現総統)は中国に対して決して門戸を開けなかったろう。それは半世紀にわたる東アジアの平和と繁栄の基盤となってきた(今週のBanyanを参照:注:BanyanはThe Economistのアジアにフォーカスしたコラム)。今、台湾を見捨てることは中国が持つ最悪の部分を引き出すことになるかもしれないし、自分たちが不安定な立場におかれたさいにもアメリカは放置するかもしれない、という不安を東アジアの民主主義国家に抱かせるだろう。したがって中国が台湾への武力行使の権利を主張する限り、アメリカは台湾を支援し続けるべきである。
    なお当該記事のコメント欄は賛否入り乱れてにぎやかになっている。

    2011年10月7日金曜日

    サムスンvs日本メーカー⑩設備投資

    なんと今週のThe Economist(October 1-7, 2011)は表紙(!)にサムスンをおきBriefingページでサムスンの将来の投資分野を扱った記事をのせている。


    この記事について以下に重要と思われる点を抜き出す。
    • サムスングループはこれからの10年間で20億ドル(日本円で約1兆5千320億円[1ドル76円で換算])を以下の新分野に投資する。
      • ソーラーパネル (100% Samsung SDI):5.1 billion
      • LEDライト (50% Samsung Electronics):7.3 billion
      • 電機自動車用バッテリー (50% Samsung SDI、50% Bosch): 4.6billion
      • バイオ医薬品(40% Samsung Electronics、40% Samsung Everland、10% Samsung C&T、10% Quintiles): 1.8billion
      • 医療機器 (100% Samsung Electronics): 1.0billion
    • 1969年にトランジスタラジオの製作を開始したサムスン電子は、(現在テレビ・携帯その他)コンシューマーエレクトロニクスの分野で世界のリーディングカンパニーになっている。
    • しかしながらサムスン電子はコンシューマーエレクトロニクス分野以外の分野にも収益源をみいだすことを意図している-コンシューマーエレクトロニクスの分野は中国等のライバルの台頭、価格の継続的な低下、マージンの薄さ、消費者の嗜好の変化の早さ、等により長期的な成長が難しい分野である。
    • 2020年までに李会長はサムスン電子を時価総額で400億ドル(日本円で約30.65兆[1ドル76円])の会社にしたいと望んでいる。
    • 新たに挙げられた分野はサムスン電子の既存の分野とは全く異なるものに見えるかもしれないが、多額の設備投資と製造を短期間に大規模に拡大する能力が必要であるという点で共通点がある。
    • サムスンの成功は現在の規模は小さいが、急成長をしている分野(理想的には大規模な設備投資が必要となる分野)をいち早く察知する能力からきている。
    • 成長分野(過去の例として液晶パネル・フラッシュメモリー等)を見定めるとサムスンは用心深くその分野の技術に慣れつつ、参入するタイミングをうかがう。そして機を見てその分野に進出すると同時に多額の設備投資を行い、製造をできる限り早く拡大する(同時にサムスンは同分野の他の会社に部品も提供する)。
    • 過去においてほかの会社もそれらの分野に注目はしたが、一度に何十億ドル(注:日本円で数千億円)もの投資をおこなうことはできなかったし、しようともしなかった。サムスンにそれが可能だった理由のうちの大部分は李会長への個人崇拝に起因している。
    • サムスンの新しい投資分野はたしかに有望だが、同時に大きなリスクも伴う(GE、パナソニック、フィリップス等の既存のライバルとの競争、新興諸国企業との新たな競争、あるいは買収にともなう文化的摩擦等)。
    • だが、サムスンの直面する最も大きなチャレンジは現69歳の李会長から43歳の息子(Jay Y.Lee)への事業の承継だろう
    • 日本で教育をうけハーバードビジネススクールを卒業したLee氏(サムスンの創業者及び現在の李会長も日本で教育を受けている)を最初に待ち受けるテストはサムスングループの企業間の不透明で入り組んだ持合い関係と利益相反関係の改善である。
    • (現在の)李会長はサムスン電子が40年という中年期を迎えることによる停滞を恐れている(ソニーが1990年代にそうだった)。
    • またサムスンは不採算分野から撤退することが得意でない。暗黙裡に補助金として提供された資本、外部株主からの弱いプレッシャー、ファミリーによる支配等により、過去にもまずい決断からの撤退が遅れたことがあった(自動車生産分野への進出等)。
    • おそらく(今回の投資に関し)サムスンにとって最も大きな危険となるのは、そのすべてが失敗することではなく、成功しないことが分かっている分野への投資をストップすることができないという事態だ。賭けにでるのに正しい時期を知ることが重要な才能であるように、賭けから身を引くべき時期をしることも重要な才能だ。
    すべての分野をサムスン電子(Samsung Electronics)が担当するわけではないが、バイオ医薬品とか医療機器とか現在の業務分野とほとんど関係がなさそうな分野へのシフトを企図しているらしい。


    ちなみにサムスン電子と日本メーカーの直近の設備投資の額を比較すると以下の表のようになる。サムスン電子の場合これは(当然ながら)既存の分野への設備投資なので、これに今後10年で上記の20億ドルの新分野への投資のうちのサムスン電子が担当する部分が加わることになる(実際には既存の分野で削るところもあるのだろうが)。

    2011年10月6日木曜日

    サムスンvs日本メーカー⑨法人税負担率の比較

    サムスンと日本メーカーは日韓両国で法人税を支払っているので両者を比較するため法人税率も簡単に見てみた。


    以下は財務省が発表している2011年1月現在の法人税の実効税率の国際比較である(出所:財務省 法人取得課税の実効税率の国際比較:http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/corporation/084.htm)

    1.上記の実効税率は、法人所得に対する租税負担の一部が損金算入されることを調整した上で、それぞれの税率を合計したものである。
    2.日本の地方税には、地方法人特別税(都道府県により国税として徴収され、一旦国庫に払い込まれた後に、地方法人特別譲与税として都道府県に譲与される)を含む。また、法人事業税及び地方法人特別税については、外形標準課税の対象となる資本金1億円超の法人に適用される税率を用いている。なお、このほか、付加価値割及び資本割が課される。
    3.アメリカでは、州税に加えて、一部の市で市法人税が課される場合があり、例えばニューヨーク市では連邦税・州税(7.1%付加税[税額の17%])・市税(8.85%)を合わせた実効税率は45.67%となる。また、一部の州では、法人所得課税が課されない場合もあり、例えばネバダ州では実効税率は連邦法人税率の35%となる。
    4.フランスでは、別途法人利益社会税(法人税額の3.3%)が課され、法人利益社会税を含めた実効税率は34.43%となる(ただし、法人利益社会税の算定においては、法人税額から76.3万ユーロの控除が行われるが、前記実効税率の計算にあたり当該控除は勘案されていない)。なお、法人所得課税のほか、法人概算課税及び国土経済税(地方税)等が課される。
    5.ドイツの法人税は連邦と州の共有税(50:50)、連帯付加税は連邦税である。なお、営業税は市町村税であり、営業収益の3.5%に対し、市町村ごとに異なる賦課率を乗じて税額が算出される。本資料では、連邦統計庁の発表内容に従い、賦課率387%(2009年の全ドイツ平均値)に基づいた場合の計数を表示している。
    6.イギリスの法人税率は20114月から27.00%に引き下げられる。
    7.中国の法人税は中央政府と地方政府の共有税(原則として60:40)である。
    8.韓国の地方税においては、上記の地方所得税のほかに資本金額及び従業員数に応じた住民税(均等割)等が課される。

    これで見ると日本約40%と韓国約25%と日本と韓国の間には15%ほどの法人税負担率の差がある。


    ただし、上記の法人税実効税率は計算が簡単だが、実際には各国の政府は産業振興・企業誘致のための政策として税制の優遇措置等を行い企業が実際に負担する税率を引き下げていることが多い。


    以下は各国の企業が実際に負担した税率を比較した一例。産業競争力懇親会という日本の民間企業が中心となって運営している団体が発表している報告書(産業競争力懇親会 報告書「リーマンショック後の世界各国産業別税制・企業実質負担率 調査報告書」 2011年3月24日)の中にあるグラフ。
    この調査は韓国企業のサンプルとしてSamsungやLGを選択している模様。調査期間(2006~2009年)の韓国の大企業の実際の税負担は15.5%と法人税実効税率(24.2%)よりも大幅に低かったことが示されている。

    2011年10月5日水曜日

    サムスンvs日本メーカー⑧サムスングループのガバナンス

    サムスン電子はサムスングループという財閥*の筆頭企業だが「サムスングループ」は持株会社のような形態を法的実態をとっておらず、法律的な実態がない。
    *財閥といった場合日本では三菱・三井等が有名だが、韓国と日本の財閥の一番の相違点は創業者の家族がグループの経営に対して持つ影響力。現在日本の大手財閥においては創業者の家族の経営への影響はほとんど残っていないが、韓国の財閥は今でも実質的に創業者の家族のコントロール下にある。

    以下はサムスングループのうちの上場企業間の関係を示している*。
    *Jong-Hag Choi, Su-Keun Kwak, Hak Sik Yoo, The Effect of Divergence between Cash Flow Right and Voting Right on Audit Hour and Audit Fee per Audit Hour, June 2008, Seoul Journal of Business vol 14, Number 1より引用。Web版はここから見られる
    上だと複雑すぎてよく分からないので以下では9月14日のWall Street Journalにのっていた図表を組み換えたグラフをのせる。これはサムスングループの主だった4企業*間の株式持合い状況を、創業者の家族の各企業の株式の保有比率と併せて示している。
    *この記事によるとサムスングループは現在傘下に上場非上場あわせて83の企業を有しているらしい。
    グループの中ではSamsung Everland(非上場)が実質的な持株会社のような機能を果たしており、ここをコントロールすることで現在のグループのチェアマンである李会長(創業者の三男)およびその家族がサムスングループ全体をコントロールしている。見て分かるように李ファミリーはSamsung Everland(リゾート開発)の株式の42%を保有しており、Samsung EverlandがSamsung Life(サムスン生命)に対して持つ19%の株式とあわせてSamsung Lifeをコントロールしている。Samsung LifeはSamsung Electronics(サムスン電子)の筆頭株主である。


    上記少しわかりにくいのでサムスングループから離れて、もう少し一般的な形に置きなおしてみる。
    左の例はファミリーが並列型に並ぶA社とB社にもつ影響を考えている。ファミリーがB社に持つ権利を配当権と議決権に分けて考えた場合、ここでは配当権と議決権の間に乖離が生じている(50%の議決権に対して32%の配当権)。右の例では階層型の構造における同種の乖離を示している。上の2つのような構造を用いることで韓国財閥のファミリーは少数株主(低い配当請求権)でありながらグループの各企業へのコントロール(議決権)を保持している*。
    *なお、このような議決権と配当請求権の乖離は決して韓国に特有なものではなく、世界各地で共通してみられる現象であり、このような乖離が企業価値等に及ぼす影響は経済学の研究分野(Corporate Governance)であり各国の企業を対象にして多くの研究蓄積がある。


    したがってサムスングループは実質的には二代目経営者によって経営されており、グループに属するすべての企業の重要な意思決定には李会長の意向が深く影響を与える、といわれる。この点については「経営の指揮系統が明確であり大胆な意思決定及び資源の重点分野への集中が可能になる」といわれる一方「会社の将来を決めるような重要な意思決定が会長の独断で決まってしまう」との批判(懸念)もある(実際の例として過去にサムスンは李会長の独断で自動車の製造に進出したが失敗し、当該部門を外資に売却している)。


    このような円環型の相互株式持合い形式の形成には持株会社の創立を許さなかった韓国の法律が大きな影響を果たしたといわれる。


    このようなコーポレートガバナンスにおける透明性の欠如およびサムスングループに属する企業間での不透明な資金のつけかえの温床となる、という批判をたびたび受けている(上でリンクしたWall Street Journalの記事によれば、このような透明性の欠如を是正する流れのなかで、現在Samsung CardはEverlandの株式を2012年の4月までに売却するように迫られているようである)。


    ガバナンス構造の不透明さは多くの記事で指摘されており、この不透明なガバナンスは株価に悪影響をおよぼしている、という研究もあるようだ(この点裏をかえすと市場はガバナンスの不透明さを株価に既におりこんでいる、ということであり、ガバナンスの透明性が確保されればサムスン電子の時価総額はさらに高くなる、という可能性もありうる)