2011年10月20日木曜日

世界- 安全資産の不足④ Farhi, Gourinchas, and Rey (2011)

世界の金融システムに資産不足の問題が内在する、という説を紹介した。

今回はそれではこのような問題を持つ金融システムをどのように変更していけばよいか、というテーマを扱ったペーパー*がWebに出回っていたので目をとおしてみた*。
*Emmanuel Farhi, Pierre-Oliver Gourinchas, and Hélène Rey, 27 March 2011, "Reforming The International Monetary System"

著者達はそれぞれにカバレロとの共著もあるためか(以前のカバレロのインタビューにも言及されていた)、世界経済の安全資産不足という問題を正面からとりあげつつ今後の金融システム改革のための提言をしている。

提言は以下の通り。
  1. 世界の主要な準備資産として米国債の代替となる資産を開発する。
  2. 今次の金融危機の際に臨時措置として導入された相互スワップ契約を常設のものとする。
  3. IMFがもつFlexible Credit Lines(柔軟な与信枠)、Precautionary Credit Lines(予防のための与信枠)、及びGlobal Stabilization Mechanism等のファシリティーの権限を強め範囲を広げる。加えてIMFの既存のファイナンスメカニズム(特にthe New Arrangements to Borrow)を拡大し、IMFがマーケットから直接借入をできるようにする。
  4. IMF内に外国通貨をリザーブしておくための機能を創設する。そのようなメカニズムは参加国へのより多くの流動性の供与、及びそれに付随して、生産的な投資への資金供与の形で準備金が再利用されるされることを可能にする。
  5. 世界の資金フローへのIMFの監督権を拡大し、金融規制に関する各国間の協調を強化する。
上記の提言そのものの是非はとりあえずおくとして、著者達がこのような提言にいきつくまでの議論のプロセスのほうが面白かったので以下に書き出す。
  • 今日米ドルの準備通貨としての地位は他の通貨に優越している(準備通貨、決済手段、及び価値保存手段のいずれの面でも)。流動性及び安全性の面で米ドルに代わりうる通貨はブレトンウッズ体制崩壊(1971年)以後現在まで現れていない。
  • ドルへの信認の裏付けとなるのは米国債への信頼であり、その信頼の根本にあるのは米国政府の財政規律及び国家制度の質(institutional quality)への信頼である。
  • この一方で将来の以下のような変化は安全資産への需供の不均衡を引き起こすことが予想される。
    • 世界経済の収束:世界経済における先進国と発展途上国間での大いなる収束(Great Convergence)が進展している。先進国が世界のGDPに占める割合は1992年の78.2%から2009年の64.3%と急減している。1つの要因は中国を含むアジア及びインド・ブラジル等の急速な経済発展。この発展の一方これらの国の金融市場は積みあがった資産を安全に保存しようとする需要に見合う安全資産を供給できない(経験則として金融市場の深化は経済発展に遅れる)。
    • 頻発する金融危機に端を発する途上国の安全資産への需要増加:途上国の経済はマクロ的なショックにたびたび翻弄されてきた。例としてコモディティの価格の大変動(1974-1979、2006-2009)。資金フローの急激な反転(1997-8アジア金融危機・2008 リーマンショック)。これに対応するために途上国はリザーブとなる資金への需要を急速に増加させている(これは正しい戦略だったことが2008年以降の金融危機で証明された)。
    • 米ドルの代替となりうる経済圏の出現:2009年度のユーロ圏のGDPは12,400billion$で米国の14,100billion$に迫っている。また中国のそれは5,000billion$である。
    • 先進国財政のトレンド及び高齢化:これからの何年かは多くの先進国の財政は以下の理由からひっ迫することが予想される。
      • 進む高齢化
      • 財政に占める医療関連予算の増加
      • 金融危機に端を発する公共投資支出
      • 金融セクターの救済のための支出
  • 上記は短期・中期的に以下のような問題を引き起こす。
  • 短期:世界の諸国における安全資産に対する需要は増加し続ける、一方でこのような資産の供給は各国の金融システムの発展が経済発展においつかないため急速には増加しない。結果需給の不均衡は悪化し、結果としておこる安全資産=米国債への需要超過は米国金利および世界金利を低位に押し下げる要因となる。
  • 中期:新しいトリフォンのジレンマ、とでもいうべき状況がおこる。
    • (旧)トリフォンのジレンマ:ブレトンウッズ体制(1945年-1971年まで続いた金とドルの交換比率を固定:1オンス35$に固定)のもとで、当時の発展途上国(日本・ヨーロッパ)の経済成長を背景としたリザーブ通貨(ドル資産)への需要増加に対して、米国が直面したジレンマ。もし外国政府によるドル資産への年々増加していた需要がみたされていた場合、世界に流通する貨幣の総量はストックが一定である金に固定されていたため、米国国内に流通する貨幣を減らす必要が生じた。これは米国内へのデフレ圧力を増加させるため政策として米国側で維持しつづけることが難しかしい、ということを経済学者のトリフォンが指摘した。結果として米国はドルの価値を金に固定させる政策の維持ができなくなり、1971年に変動相場制に移行した。
    • (新)トリフォンのジレンマ:米国の信任を背景とするドル資産の供給量が増加する新興諸国からの需要に追いつかなくなる問題。米国は無限定に(=財政的な裏付けもなく)国債の発行量を拡大できないが、新興諸国からの需要は今後も続くことが予想される。結果として世界の経済システムで流通するリザーブ資産(安全資産)は多極化(multipolar)し、複数のリザーブ資産が併存するようになる。
長くなったのでここで一旦打ち切るが、米国経済のシェア低下->単一通貨から多極通貨への移行、というシナリオは他でも*論じられている
*Ignazio Angeloni, Agnès Bénassy-Quéré, Benjamin Carton, Zsolt Darvas, Christophe Destais, Ludovic Gauvin, Jean Pisani-Ferry, André Sapir, Shahin Vallee,  19 May 2011, "Reform options for the global reserve currency system", DG ECFIN, Brussels。なお以下のグラフは当該発表の5P目のグラフを転載

以下に超長期の国力の推移を比較したグラフを載せる。

Percentage shares of selected countries and areas in world GDP, 1870-2050 (At 2005 exchange rates and prices)
これをみると米国経済の世界に占めるシェアが(戦争期を除いて)1910年以後安定している点や中国の経済成長の急速さが目につく(あくまで予想だが)