2011年10月26日水曜日

格付け機関① マイケル・ルイス

サブプライムローンに端を発する金融危機後、大手の格付け機関に対してはありとあらゆる種類の批判がよせられたが、複雑な経済事象を一目でわかる形(分かりやすすぎとの批判はあるが。。)で提示してくれるメディアには需要があるためか、依然順調に存続しており、一例としてムーディーズの業績はサブプライム危機がおこった2008年と2009年は減収となったが2010年は以下に見るように増収となっている*。なお、ムーディーズはかつて非公開だったが、2000年に上場をしている。
*以下はMoody's Corporationの2010年のAnnual Reportより売上と営業利益を示したグラフを転載した。

仮に1ドルを76円として換算すると2010年度のムーディズの営業利益(772.8millionドル)は約600億円であり、その規模の民間企業が昨今では欧州国債の格付け引き下げを巡り各国政権から直接批判されたりしており、その影響力は依然大きいようだ。

同業他社のS&Pがアメリカ国債の格付けを、計算間違いを残したまま引き下げて米政権から抗議をうけたのも記憶に新しい。

以下によく聞かれる格付け機関への批判をつらつらと羅列してみた。
  1. そもそも働いている人材の質が悪い
  2. 格付けの根拠となるモデルが古い/おかしい/恣意的/あるいはそもそも根拠がない
  3. フィー体系がおかしく、格付けが公正・中立ではない(格付けをもらう側からお金をもらうためもらう側に都合のよい格付けとなるという意味)
  4. 格付けが間違い続きだ
  5. マーケットが寡占されており、競争がなく無根拠な分析を延々と続けていても商売が成り立つ
言われ放題だが、直近のサブプライムでの失敗が多くの人の記憶に鮮明にあるため擁護する側も全面的に擁護するのはなかなか難しい。

擁護(?)の議論としてよく聞かれるのは、「サブプライムでは間違えを犯したが、ほかのプロダクトでは価値を提供できる」、「格付け機関にもいろいろ問題はあるが、往々にして悪く格付けされた側にはより大きな問題があるため、病気を指摘したからと言って格付け機関を非難するのは筋違いだ」、といったところだろうか

今日は上の議論の当否は置いておいて、批判1に関連して昨日読んだマイケル・ルイス「世紀の空売り」内の記述が面白すぎたので、以下に抜き出してみる*
*以下主人公たち(彼らはサブプライム市場全体が詐欺の上になりたっていると確信している)が2007年の1月にラスベガスで開かれた「サブプライム・モーゲージ市場の関係者が一堂に会する会合」に出席したさいの場面からの抜粋。この場面はマイケル・ルイスの面目躍如、といった感じの傑作である。
今、アイズマンが初めて格付け機関の人間と言葉を交わして、すぐに印象づけられた-モーゼスとダニエルも同じように感じた-のは、社員たちの覇気のなさだった。「郵便局に足を踏み入れると、公務員とそうでない人たちがどれだけ違うか、わかりますよね。格付け機関の社員は、みんな公務員みたいな感じなんです。」と、ダニエル。集団としては債券市場でいちばん力を持っているのに、ひとりひとりは非力なのだ。 (P234より)
業界全体が、格付け機関の支えによって発展してきたというのに、格付け機関で働く社員たちはほとんど業界の一員とはみなされていなかった。格付け機関の社員がロビーを歩いていると、ウェルス・ファーゴのような二流商業銀行の社員か、オプション・ワンみたいなモーゲージ金融の平社員など、九時から五時までの仕事しかしない人間とよく間違えられた。格付け機関の社員がヴェガスで着ていたスーツを見れば、本人について知っておくべきことの半分はわかった。あとの半分は、そのスーツの値段でわかった。(P235)
リーマンやベアー・スターンズやゴールドマン・サックスの債券の格付けをして給料をもらっているというのに、格付け機関のモデルの盲点を利用して大金を稼ぐリーマンやベアー・スターンズやゴールドマン・サックスの人々については、名前を始め、重要な事実を何もしらない。自分の職務を正当化するだけの知識しか持ち合わせていないようだった。気が小さくて、臆病で、リスク回避型。「クラップスのテーブルでは、ひとりも見かけませんでしたね」と、モーゼス。(P235-236)
アイヅマンが格付け機関の実情を認識したのも、ヴェガスでのことだった。「こちらが気にしていることについて、格付け機関はまったく無頓着だった。あの場に坐ってて、ひどいじつにお粗末だ(注:原文協調)と思ったよ。優れた知性を持つ人間と一緒にいれば、何もしなくても、それがわかる。リチャード・ポズナー(法学者)と同席すれば、さすがリチャード・ポズナーだと感じる。格付け機関の社員と同席すれば、格付け機関のお里が知れるというわけさ」。 
社員たちのふるまいから判断すると、格付け機関がもっぱら気にしているのは、投資銀行から依頼される格付けの件数とその手数料をできるだけ増やすことだった。 (P236)
 格付け機関の質は、業界にとどまれる最低線すれすれまで落ち、そこで働く社員は、自分たちがどれだけウォール街の大手投資銀行に利用されてきたか、気づいてもいないありさまだった。(P237-238)
小説はサブ・プライム市場を扱っているのだが、債券業界全体での格付け機関の地位がなんとなく分かる。実際に格付け会社の報酬は低いようである。
「給料面で恵まれてないんだよ。」と、アイズマン。「その中で、目端の利くやつはさっさと投資銀行に転職して、その経歴を武器に、元の職場を操作する側に回ってしまう。本来、ムーディーズのアナリスト以上に大仕事ができるアナリストなどいないはずだ。『アナリストとして、これ以上の地位は望めない』と胸を張っていい。ところが、稼ぎはびりっけつ!(以下略)」(P234)