d
*****
何故安全資産の不足が問題となるのか
デイビット・ベックワース 2011年12月11日
d
現在世界経済が直面する主要な問題の一つに、投資家が価値を保存するため安心して利用することのできる資産が不足しているということがある。この安全資産不足問題には構造的な側面と循環的な側面とがあるが、最近発生した世界経済へのネガティブな経済的ショックの多さを考えた場合、後者は現在特に重要になってきている。これらのショックは安全資産への需要を増加させてきた。そしてDavid Andolfattoが主張するように、おそらく、これらのショックはアメリカ国債の利回りがここまで低いことの主要因である。いうまでもなく、これらのショックはかつて安全であった多くの資産(つまりヨーロッパ各国の国債)を破壊し、この安全資産不足問題を深刻にしている。この安全資産の供給の縮小はクレディ・スイスが作成した下の図に見て取ることができる(FT Alphaville)。
d
フランス国債を安全資産と考えないとすると(これは妥当な想定と思われる)、この図は安全資産のほぼ半分が2011年までに消失したことを示している。これは途方もない下落であり、私の見るところ、2つの理由で重要である。しかし、それらについて語る前に、安全資産の不足問題に関する構造的な側面と循環的な側面について簡単におさらいしてみる。d
構造的な側面として、過去数十年の世界経済の成長は、世界経済が真に安全な資産をつくりだすキャパシティを上回っていたことがある。この見解の提唱者であるリカルド・カバレロは、この問題はおそらく1990年代初頭の日本の資産の崩壊とともに始まり、1990年代を通じて発生した新興諸国の国々での危機によって悪化し、2000年代初頭-中頃からのアジアの急速な経済成長によって増幅された、と主張している。これらの成長は、急速に成長したほとんどの国々が安全資産をつくりだす能力を欠いていた、という事実と相まって、安全資産の不足を構造的な問題とした。
d
それじゃあ、この安全資産の不足は究極的にはどういう問題があるのだろう?最初の理由はこれらの資産の多くは取引資産としての役割を担っており、取引のさいの手段として、取引の裏付けとなったり、取引に使われたりする、というものだ。AAA格付けのMBAや国債は買い取り契約の担保として使われていた。これらはGary Gortonが示したように、シャドーバンキングシステムにおける預金口座と同じ役割を果たしていた。従って安全資産の消滅はシャドーバンキングシステムにおけるマネーの消滅を意味する。これは機関投資家に追加の貨幣需要を発生させ、したがって名目支出に悪影響を与える。もしシャドーバンキングシステムの問題が経済全体に波及し、商業銀行や家計におけるレバレッジの解消(deleveraging)を起こす場合には、安全資産の不足は間接的にリテールのレベルにおいても追加の貨幣需要を引き起こす。他を一定とすると、そのようなリテールレベルでのレバレッジの解消は当座預金口座やマネー・マーケット・デポジットのような銀行資産の供給をそれらへの需要に比較して押し下げる。言い換えると、マネーへの需要と比較したさいのマネーサプライが減る。従って安全資産の不足は、それが引き起こす支出に悪影響を与える貨幣への超過需要に比例する形で問題となる。
d
安全資産不足が問題となる第二の理由は、それが安全資産をつくりだす主体にトリフィンのジレンマをもたらすからだ。元々のトリフィンのジレンマは、世界がリザーブ通貨として使用する通貨を発行する国は、リザーブ通貨への世界の需要を満たすため、自国内で必要とされるよりも多くの貨幣を発行しなければならない、ということだ。しかし、これは経常赤字が継続することを意味し、このメカニズムを駆動させるリザーブ通貨としての地位そのものを脅かすことになるかもしれない。Francis Warnockはこのパラドックスを上手く要約している。
世界の金融体制の中心にいる国は、世界に対して安全資産を供給するために、経常赤字を続けなくてはならない。そうすることでその中心国は自国の安全資産(risk-free asset)がリスクフリーであることをやめる地点まで対外債務を膨らませる。
米国債への世界中からの巨大な需要を考えると(これは馬鹿げたほど低い利回りに現れている)、この需要に対応し始めるべきだ。今時点でそうすることに失敗しても、単に実質金利を低下させるだけだ。
しかし、巨額の財政赤字を長年続けると米国債の安全資産としての地位に傷がつくかもしれないが、その地位こそが現在の米国債への満たしきれない需要の背景となっているものなのだ。
dこれらの問題には解決方法がある。FedとECB双方は、名目GDP水準ターゲットを導入することで、それぞれの地域の名目総所得を危機以前のトレンドに戻すことが必要だ。決まった水準へのターゲットであるため、名目GDPターゲットは長期のインフレ期待を抑えたまま、短期的に金融拡張が可能になる(つまり危機以前のトレンドが達成されるまで)。またそれは名目支出の期待を安定させ、長期の予測の確実さを上昇させる。より重要なことには、それは安全資産への需要を低下させるような急速な回復をもたらし、安全資産の供給を増加させるだろう。これらはマネーへの超過需要を減らし、米国債に関するトリフィンのジレンマ問題をミニマイズする。残念ながらこれらの中央銀行が名目GDPターゲットを導入するのは長い道のりであるが。
*****
安全資産の不足問題に関しては過去にカバレロやバーナンキといった現在の経済学会の主流派の主張をとりあげたが、今回のベックワースは主流派というよりは異端派といった感じで自身のブログで、以前ならば経済学会であまり取り上げられなかった論点(名目GDP水準ターゲット等)をあつかっているようだ。なおベックワースのブログを主戦場にした活動は特殊なものではなく、The Economistも今週の記事で論じているように、最近は主としてブログをベースに自身の主張を展開するエコノミストが活躍するようになってきている(The Economistはこれを肯定的に評価している)。
ちなみに、The Economistの当該記事のなかで「賛成であれ否定であれ経済学者のクルーグマンに取り上げてもらうことが経済ブログの成功に多大な影響を与える」、といったことが書かれているがクルーグマンは自身のtwitterでこのポストに触れている。
d
ベックワースの主張のうち後半の名目GDP水準ターゲットは今まさに議論されている主張であり賛否が分かれるだろうが、安全資産不足がもたらす問題として、レバレッジ解消や、トリフィンのジレンマはカバレロやFarhi等も指摘している。