2012年1月23日月曜日

金正日の下での北朝鮮の政策決定

死去した金正日体制のもとでの北朝鮮の政策決定プロセスについては2つの見方があった。

1つ目は金正日が強大な権限をバックにすべての政策決定を執行するトップ・ダウンに基づくシステムという見方。
北朝鮮の政策決定プロセスはなかなか見えづらいため、外部者が北朝鮮を評価する場合、手に入り見えやすい情報に頼っての解釈になる。金正日の動向・言動等はもっとも得られやすい類のものであったため政策決定プロセスの説明も彼個人の属人的な要素に帰せられがちである。

もう1つの見方として、リーダーとリーダーの下で働く複数のアクターとの相互作用に注目して政策決定プロセスを分析する議論も金正日以前から存在した。この見方においてもリーダーは強力な権限を有するものの、国の政策が決定される際にはリーダーの下で働く複数の機関も独自の論理・目的で行動し、政策に影響を及ぼす。
従ってこの見方によると、北朝鮮を外部から観察する場合はリーダーの発言だけではなくほかのアクターの要素を考える必要がある。

以下のPatrick McEachenのInside The Red Box-North Korea's Post-Totalitarian Politics, 2010は後者の見方をとっている。
金日成に比べた場合、金正日のリーダーシップはより限定されたものであった、とMcEachenは述べる1994年の権力承継以降自身のカリスマ性の弱さを補うため、金正日は党、軍、内閣という3つの機関を相互に争わせることで自身の権力基盤を維持してきた。北朝鮮の国としての政策もこの3者と金正日の相互作用により形成されてきた。McEachenによると1990年代後半/2000年代の北朝鮮にみられる、外交交渉の場での融和スタンスから対決スタンスへの突然の急変等は、金正日個人の移り気な気質によるものではなく、権力を争うプレーヤー間の相互作用によって発生した可能性が高い。McEachenは金正日の統治システムを"Post-Totalitarian(ポスト全体主義)"システムと呼んでいる。

この見方を現状に当てはめると、カリスマ性において金正日に劣る息子(金正恩)への権力継承により北朝鮮内のパワーはより細分化されたことになる。現状は権力の移行後に現れる体制で各アクターがどのような影響を握るのかについてはまだよくわからない、といった段階だろうか。

*****
以下少し古いがLos Angels TimesのWebに載ったBarbara Demickの12月19日付の記事からの移行期の北朝鮮についての記述。この記事でDemickは金正恩の叔父(金正日の義兄弟)にあたる張成沢(Jang Song-Thaek)の影響が強まるという観測とともに、金正恩の権力基盤の弱さを指摘している。Demickは北朝鮮の脱北者を扱ったNothing to Envy(日本語版「密閉国家に生きる-私たちが愛して憎んだ北朝鮮」)の著者であり、現在は中国をカバーするジャーナリストである。
Current and former U.S. officials are divided on what to expect from the relationship between Jang and the new leader. Chuck Downs, a former Pentagon and State Department official, said the younger Kim was likely to be a figurehead with Jang running the show.
Downs said he has concluded from years of watching North Korea that Kim Jong Un is not nearly tough enough for the job.
"You don't go from a guy who tries to be friends with everyone at his Swiss boarding school, who befriends enemies of North Korea and puts a poster of Kobe Bryant in his room, to being the kind of ruthless person who rules North Korea," he said.
Current U.S. intelligence officials concur that Jang is likely to play an important role, but regard him as too cautious to try to seize power for himself. And the U.S. government assessment is that Kim Jong Un is indeed ruthless enough to rule.
Regardless, North Korean officials are likely to emphasize order while the succession unfolds. The military appears to be taking a more prominent role. The announcement Monday of Kim's death was signed by entities from the party, military and people's assembly.
"A lot depends on whether the power centers of the regime coalesce around Kim Jong Un, or see this period of uncertainty as an opportunity to change the balance of power internally," a U.S. official said. "Those are very tricky calculations to make in an authoritarian society like North Korea."
元そして現役のアメリカの高官の間では張成沢と新しい指導者の関係から何が予想されるかについては意見が分かれている。元ペンタゴン及び国務省職員のChuck Downsは金正恩はおかざりで、張が事態を取り仕切ることになりそうだという。
Downsは北朝鮮を長年見てきた経験から、金正恩は北朝鮮のリーダーとしての仕事に耐えうるほどタフではないと結論した、という。
「スイスの寄宿学校で誰とでも仲良くしようと努め、北朝鮮の敵国出身の生徒と友達になったり、コービー・ブライアントのポスターを自室に貼ったりする人間から北朝鮮を支配する冷酷な類の人間になったりすることはできない。」 と彼は述べる。
アメリカのインテリジェンス(諜報)部門の職員は、張氏がより重要な役割を果たすようになりそうだ、という見方には同調するが、張氏は自身で権力を握ろうと試みるには慎重すぎる人物であるとみる。そして米国政府の評価は金正恩は北朝鮮を支配するのに充分なほど冷酷だ、というものだ。
 それにもかかわらず、北朝鮮高官は権力承継がおこなわれる間は秩序に気を配りそうだ。軍部はより大きな役割を果たすようになることが予想される。月曜日の金正日死去の発表は党、軍部、内閣の機関によって署名されていた。
「レジーム内で権力を持つ機関が金正恩を中心にしてまとまるか、それともこの不確実な期間をレジーム内のパワーバランスを変えるチャンスとみるかに多くがかかっている。」とアメリカ高官は語る。「これらの計算を北朝鮮のような独裁主義的な社会において行うのはとても難しい。」