2012年2月10日金曜日

アセモグル:アメリカの不平等についての5冊④

今日がアセモグルのインタビューの最終回であり、この回はアメリカの富裕層が政治に与える問題からOccupy Wall Streetまでを扱っている。アセモグルは諸手を挙げて賛成しているわけではないもののOccupy Wall Streetに対して決して否定的ではない。その運動の背景となっているアメリカの政治システムが抱える問題への懸念は主流派の経済学者にも共有されている、というところだろう。

アメリカは各地域が1国に匹敵するほど大きい(下参照:GDPで考えるとカリフォルニアはイタリアに匹敵し、テキサスはロシアに匹敵する!)ため、どうしても中央政府にすべての階層の意見を反映させるのが難しくなってしまう。
Source: The Economist
このような国ではどのような民主主義が機能するかについては、今後一層探求が求められるのだろう。
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そしてあなたはアメリカがそのような地点にいると考えるのですね?
そうです。本当に憂慮すべきは、アメリカにおいて不平等が上昇しているのと同時に、おそらく我々の政治システムが他の理由で変質したことにより、政治においてマネーがより一層重要なものになりつつあることです。政治家達は超富裕層の願望や意見や声により一層影響されやすくなっています。これがLarry Bartelの本Unequal Democracyが述べていることです。この本には人が同意する部分と同意しない部分があるでしょうが、私はこの本は我々の民主主義がどのようにしてより一層不平等になったかについての警鐘を鳴らすべき構図を描いていると思います。
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つまり、選挙で選ばれた政権担当者が富裕層の意見ほどには、普通のアメリカ人の意見を聞いていないということですか?
そのとおりです。それは確かなことでしょうか。それは分かりません。しかし、Larry Bartelsはそのことを示唆するのに充分な証拠を提出しており、それが確かであるということを示唆する多くのケーススタディや事例となる証拠が存在します。何がその原因でしょうか?我々はそれについてはよりわずかしか分かりません。原因の幾分かはロビーイングと政治献金によるものに違いありませんが、それが原因のすべてかどうかは私には分かりません。原因の幾分かは我々が能力主義的であるというイメージとアメリカの社会が大きく成功した者の意見を尊重するということからきています。政治家は成功者と付き合うことを好みます。したがって政治家は成功者からアドバイスをうけることになります。
ジェフ・サックスはマンハッタンで昨日の夜、彼のThe Price of Civilizationという本についてのトークをおこないました。彼はオバマが、建設的な理由ではなく、イーストエンドの上流地域での政治資金集めのための追加パーティーに参加するために街に来たことについて激怒していました。これは避けられないことですが、大統領から下位のものまですべての政治家が定期的に富裕層のお金を必要とするならば、富裕層はより大きな影響力を持つようになるでしょう。

政治家は定期的に資金が必要なのです。政治家は富裕層と話すのを好み、その意見を尊重します。ジェフ・サックスと私には多くの相違点がありますが、しかしながら私はこの件に関しては彼に完全に賛成します。
そこがOccupy Wall Street運動が面白いところです。そのサポーターは自由市場を信じないクレージーな左翼だけではなく、尊敬される経済学者も含んでいるのです。
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私もその一団に属します。私は確かに市場(の力)を信じていているのです。私は財産権と私有財産の重要さを熱烈に信じています。それらは繁栄の必須条件だと思います。しかし、これらは政争の具になりやすく、政治は一方に偏るべきではないことも信じています。Gore Vidalは、「アメリカにはただ一つの政党しかない。資産を持つ者のための政党だ。それは大企業やマネーに関連する関係者による政党で、2つの部位をもつ。1つは民主党(Democrat)で、もう1方が共和党(Republican)だ。」
これが正しいならば、これは自由市場とフェアな社会にとっての真の脅威です。この理由で、私はOccupy Wall Streetはとても重要であると考えいます。それは我々の政治システムの有するこのような傾向に立ち向かおうとする草の根の運動なのです。
あなたが選んだ最後の本13 Bankersは前IMFチーフエコノミストのサイモン・ジョンソンとジェームズ・クワックの共著ですね。彼らは金融危機において果たした役割にもかかわらず、大銀行はかつてないほど、より大きく、より利益を挙げ、より強い抵抗を規制に対してしめしている、と主張しています。
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この本は金融サービス業がどれほど強力になったかを示しています。そしてこれこそまさに金融業界にとって関心があることなのです。ファイナンスやマクロ経済や株式市場に何か問題がある場合Fedと財務省の高官は決まってなにをするでしょう?彼らはバンカーを呼ぶのです。
我々はどのようにしてアメリカがより不平等に、そして政治権力がより不均一に分散するようになったかについて話しています。これは双方向のプロセスなのです。富裕層がより富裕になると、彼らは我々の尊敬をより一層集め、彼らの意見はより広く受け入れられ、彼らはより一層政治献金とロビーイングに費やすための資金を得て、そして彼らはよりパワフルになるのです。彼らはこれにより、規制を曲げ、税率を減らし、彼らのビジネスに補助金を出させたり、その他諸々の政策により、ゲームを彼らに有利なように不正操作することができるようになります。(この本の)大まかなストーリーはこんな感じです。
ファイナンス業界はそのストーリーの最も顕著な例であり、13 Bankersはそのストーリーを見事に描き出しています。この本はファイナンス業界がどのようにして今のようなものになったかを示しています。それは金融業界が知的に天才的な能力をもっていたからではなく(ただ当然のことですが業界には本当に頭のいい人々がいます)、政治的に我々がある種の規制を取り除いたからなのです。我々はまた、バンカーたちのリスクテイクに対して政府の暗黙の保証を認めることで、彼らがシステムを通じ、途方もない利益を得ることができるようにさせたのです。そして金融危機発生後において、金融業界はあらゆる種類の徹底的な改革を頓挫させるのに十分なほど政治的に強力だったのです。それどころか、(システムにおいて)最も大きな重要性を持つほとんどの主要銀行はより大きくなり、経済を支配しています。実際最も大きな7つの銀行のシェアは2006年と比較して増えているのです。

私は不平等の原因として糾弾すべきは貪欲(greed)、特に企業の貪欲だと思います。
いいえ。私は貪欲であることを責めはしません。誰もがある程度までは欲深いのです。貪欲は人間の本性の一部であり、人間の本性を責めることはできません! 重要なのは我々が持つ人間としての衝動を適切に方向づけることを保証する制度なのです。我々は人々に野心的であってほしいのです。我々はスティーブ・ジョブスは野心的であるべきではなかったとはいいたくありません。彼は野心的であり、貪欲でした。そして、彼の貪欲さと野心は創造的な方向に方向づけられていたため、それらはよいことだったのです。問題は過去20年間の我々の社会において、そしてウォールストリートはこの申し子なのですが、我々は人々の(多くの場合男性の)野心と貪欲さをとても反社会的で、身勝手で、反社会的な方向に方向づけるプラットフォームをつくりだしてきたのです。スティーブ・ジョブスやビル・ゲイツにおいてはイノベーションにつながったリスクテイクがウォール・ストリートのバンカーたちにおいては政府や貧しい人々を犠牲にした途方もない振る舞いとリスクテイクにつながったのです。責めるべきは制度です。我々は我々の制度(を正しく構築すること)に失敗したのです。

解決策は何なのでしょう?
これは政治的な問題です、よってその解決も政治的になります。私が意図しているのは、アメリカの政治制度が、20世紀の初頭、黄金時代に示したのと同等の頑健さを持つための確認をするべきです。その時代においても我々は、人口の中の少数の派閥がとても裕福になり、とてつもない権力をもつという状況を体験したのです。政治のあらゆる場面にマネーが関連しました。しかし、最後には進歩的な運動(progressive movement)が起こったのです。主要政党である共和党、民主党の双方がその運動の要素を取り入れました。その運動はセオドア・ルーズベルト、タフツ、ウィルソンによるトラストや金融業や政治におけるマネーに対抗する法を制定するためのアクションにつながりました。その運動は真に全体の状況を変えたのです。これはアメリカの包括的な制度への重大な危機が起きたさいの例であり、この時アメリカの政治制度は復元可能だということを証明しました。我々は今同じことをする必要があるのです。それを学者による象牙の塔のなかでの夢想にしてはいけません。それはアメリカの人々が参加しなくてはならないものなのです。そのような運動は草の根からおこらなくてはなりません。Occpy Wall Streetはそのような運動になるでしょうか?私はそうは思いません。しかし、にもかかわらず草の根からの運動がどのようにして発展するかの示唆を与えるためOccupy Wall Street運動は重要なのです。そしてその運動は多くの人々が政治システムにおいて不公平であり、間違っていると感じているものを明瞭にしています。現時点では政党は(そのような運動の要望を)聞いていません。しかし私は楽天的です。これからの数年で今よりもっと人々の不満に対して耳を傾けようという趨勢が生じ、(アメリカの)政治制度が自己を(適切に)規制できるようになると思います。
問題の一端はアメリカの有権者が中絶や同性同士の結婚といった文化的なイシューをベースにし、彼/彼女らの経済的な利益に反する形で投票をしているからなのではありませんか?
いくらかそういう側面はあります。Thomas Frankの本What's the Matter with Kansasはそれについて述べています。FrankとBartelのそれぞれ双方とも正しいところがあります。しかし私にはLarry Bartelsのナラティブのほうがよりアピールします。人々はシステミックに彼/彼女等の利益に反する投票をするほど愚かなのではなく、一旦政治システムが下層において起こっていることに反応できないほど鈍感になると、下層の人々が何に投票しようが、また何を願おうが、それは重要ではなくなるのです。このような地点では、それらの人々は2次的な懸念に基づいて投票しがちになるでしょう。