2012年2月7日火曜日

アセモグル:アメリカの不平等についての5冊-②

今回から具体的に文献を挙げての解説に入っている。なおAcemogluがこのインタビュー中で「アメリカの不平等を考える際の5冊」として挙げるのは以下の文献である。
今回は最初の2つが紹介されており、最初の本で教育システムの失敗による不平等の拡大を説明し、次の論文で教育システムの失敗だけでは説明しきれないトップ層の総所得に占めるシェアの増大等を説明している。
    *****
    Five Books Interview Daron Acemoglu on Inequality (2/4)
    あなたが選んだ本を見ていきましょう。あなたの最初の選択はHarvard University Pressから出版されたThe Race between Education and Technologyですね。あなたが事前に私に送ったメールでは「不平等に興味を持つ人にとっての必読書」としていますね。詳しく話してくれますか。
    d
    これは本当に素晴らしい本です。本は賃金が貢献や生産性に比例する標準的な経済モデルについて優れた解説となっています。本では何が異なる個人と異なるグループの生産性を決定するのかについてとても明確な形で強調しています。著名なオランダ人のエコノミストであるジャン・ティンバーゲンが名付けたフレーズを鍵にして、分析をおこなっています。鍵となるアイデアは、技術的な変化はしばしばより高度な技術を持つ労働者への需要を増加させるため、不平等の拡大を防ぐためにはその国の経済において技能を備えた労働者の供給を常に増加させる必要がある、ということです。彼(ティンバーゲン)はこれを「教育と技術の競争(the race between education and technology)」と呼びました。もしテクノロジーが競争に勝つと、不平等は上昇傾向となります。教育が勝つと、不平等は減少傾向となります。
    著者であるClaudia GoldinとLarry Katzは実際のところ、このモデルが過去100年くらいのアメリカの歴史を説明するのにとても良いモデルであることを示しています。彼らは20世紀の最初の50年間におけるアメリカの教育システムがどのように形成され、なぜそれがとても進歩的であって、教育を受けた労働者の大規模な供給につながったのかについて、見事な歴史的な報告を行っています。このシステムによりアメリカは世界の他の多くの地域と比較してより平等な社会をつくりだしたのです。
    彼らはまた、過去30年から40年の期間において全体の状況を変えた3つの要因を指摘しています。1つ目は過去に比べテクノロジーがよりスキルを持ち、所得の高い労働者に有利に働くようになったことです。したがってほかのすべてが等しいとすれば、これは不平等を増加させるでしょう。2つ目は、我々がグローバライゼーションを経験しつつあることです。低技術の労働者の賃金が安い中国等との貿易は(アメリカの)賃金の低い労働者にプレッシャーをかけつつあります。3つ目として、おそらくもっとも重要なものは、アメリカの教育システムはある階層においてひどく失敗してきたのです。我々は大学や高校を卒業した若者のシェアを増加させることができませんでした。とても注目に値することであり、ほとんどの人々は実際これについて想像することもできないでしょうが、アメリカにおいて高校の卒業率が最も高い世代は1960年代半ばに卒業した世代なのです。実際のところ我々の高校卒業率はそれ以来下がり続けているのです。大学を見ても同じことです。これはとてつもなく重要であり、同時にとてもショッキングなことです。これは技術(をもった労働者の数)を本来あるべき以上に少なくするため、不平等に対して大きな影響を与えます。
    GoldwinとKaztは何故アメリカの教育が失敗しているのかという理由について述べていますか?d
    彼らは勿論それについて論じています。しかし理由は誰も分かりません。理由は単一でシンプルなストーリーではありません。我々の教育支出が減っているわけではないのです。実際我々はより多く支出しているのです。大学(の学位)が評価されない、という理由ではありません。大学(の学位)はとても高く評価されるのです。大学卒がもたらすプレミアム(高校の卒業生と比較して大学の卒業生が稼ぐ比率)は急速に上昇しています。アメリカは低所得(の学生が通う)学校に十分な投資をおこなっていない、という理由でもないのです。多額の投資がそのような学校に対して行われています。州と連邦政府の双方から、無償での投資だけでなく、多額の助成金やその他の形での支出が行われています。
    簡単な答えはないということですか?
    d
    そのとおりです。簡単な答えはありません。しかしこの問題がトッププライオリティになることが重要です。できることが多くあります。学校の改革と学校への投資は特効薬ではありませんが、確かに助けにはなるのです。
    アメリカは世界で最高の大学を持っているのに、これは皮肉なことですね。あなたはトルコ人ですが、ここにいます。多くの外国人がまさにその教育システムによって、この国にたどり着きます。
    そのとおりですが、それはもろ刃の剣として作用します。アメリカは機会の国であり、多くのエンジニア、科学者、PhDを集めてきました。一方では高校と大学の卒業率の低さの1つの要因として言えるのは、アメリカはあらゆる種類の移民に門戸を開いてきましたが、移民の統合のプロセスがしばしば遅いことです。高校と大学について見ると、特にヒスパニック系の移民についてですが、移民の卒業率は移民でないもののそれよりもはるかに低くなっています。
    了解しました。それでは、あなたが選んだ文献について続けましょう。Anthony Atkinson, Thomas PikettyそしてEmmanuel Saezという3人のヨーロッパのエコノミストの"Top Incomes in the Long-Run of History"という論文ですね。
    d
    GoldwinとKatzの本で抜けているのは、彼らはトップ10%のなかで何が起こっているのかについてまったく注目していない点です。それは全体のストーリーの中でとても重要な部分であり、より注意が払われるべきです。トップ10%、特にトップ1%の中でとても興味深いことが起こっているのです。Atkinson、Piketty、Saezはこの問題についてのパイオニアであり、この本は彼らのリサーチの大部分についての概観です。彼らの論文が示すのは、下位と中位の労働者の間での大学プレミアムと不平等の上昇と同時に、アメリカ、カナダ、イギリスその他の国の国民所得に占めるトップ10%及びトップ1%層のシェアのより一層の上昇が起こっているということです。
    この論文で重要なのは数字ですか、それとも(この現象に)彼らが与えている説明ですか?d
    何が起こっているかについて知るために、私にとっては、この本の数字がより重要です。Occupy Wall Street広汎な世間の関心をトップ1%層に引き付けましたが、過去10年に渡ってそれについて学会の関心を引き付けたのはAtkinson, Piketty, Saezなのです。しかし彼らが言うことのいくつかは重要なので彼らの説明も読む価値があります。例えば彼らはこのような数字は、GoldwinとKatzが重視したような標準的な労働供給、労働需要によるモデルで説明しきるのはとても難しいことを強調しています。(この現象の説明のためには)そのようなモデルは役に立ちません。したがって我々は社会政策、累進課税、それらを取り巻く政治等について考える必要があるのです。
    彼らは100+年に渡って20か国を調査し、彼らの要約によると、彼らの主な実証的発見は「ほとんどの国々では20世紀前半にトップ層の(国民所得に占める)シェアの劇的な低下がおこった。しかし、過去30年に渡り、英語圏の国とインド、中国においてトップ層の所得シェアが急激に増加した。大陸ヨーロッパの国々と日本においてはそのような上昇は見られなかった。」
    このパターンはとても顕著であり、アングロサクソン諸国はこのパターンを先導しました。このパターンはフランス、イタリア、スペインなどの他の多くの国々でも見られましたが、アングロサクソン諸国ほど顕著ではありませんでした。このU字型のパターンは90パーセンタイルと10パーセンタイルの比率や大学プレミアム等のトップ層ではない層の不平等にも当てはまるのです。例えばGoldwinとSaezの本は大学プレミアムは1900年の初頭のほうが1940年代や50年代よりも高かったことを示しています。そのあと数十年それは安定し、1980年代に上がり始めるのです。
    トップ層の所得という場合、彼らはトップ1%にフォーカスしているのですか?それともトップ10%ですか?
    d
    彼らは税金記録からデータを取得しています。したがって彼らはトップ10%、トップ1%、トップ0.1%等々のデータを得ています。彼らが注目する2つのデータは10%とトップ1%です。時々彼らはトップ0.1%層の数字さえ示しています。この数字については国ごとに驚くほどの差異があります。0.1%に注目すると、多くの国では1%や2%くらいですが、アメリカの0.1%層(の所得)は総国民所得の8%を占めています。アメリカにおいてもその比率は急激に上昇しています。1950年代にはアメリカにおける同様の比率は約3%でした。