戦前、私がフランスから帰ってきたばかりのときでした。小林秀雄に呼ばれて、自慢の骨董のコレクションを見せられたことがあります。まず奇妙な、どす黒い壺を三つ前に出されて、さて、こまった。なにか言わなきゃならない。かつて骨董なんかに興味をもったこともないし、もとうと思ったこともない。徹底的に無知なのです。だが、見ていると、一つだけぴんときた。「ごそごそ戸棚をさぐっている小林秀雄のやせた後姿」という部分が、小林が抱えていた寂しさとかもの悲しさといったものを上手く浮かび上がらせている気がする。
「これが一等いい。」
とたんに相手は「やあ」と声をあげました。
「それは日本に三つしかないヘンコの逸品の一つなんだ。今まで分かったような顔をしたのが何十人、家に来たか分からないけれど、ズバリと言いあてたのはあなたが初めてだ。」というのです。私のほうでヘエと思った。つぎに、白っぽい大型の壺を出してきました。「いいんだけれども、どうも口のところがおかしい。」というと、彼、ますますおどろいたていで、
「するどいですな。あとでつけたものです。これはうれしい。」とすっかり感激し、ありったけの秘蔵の品を持ちだしてしまいました。えらいことになったと思った。しょうがないからなにか言うと、それがいちいち当たってしまうらしいのです。だが私にはおもしろくもへったくれもない。さらにごそごそ戸棚をさぐっている小林秀雄のやせた後姿を見ながら、なにか、気の毒なような、もの悲しい気分だったのをおぼえています。(P54-55)
2011年11月14日月曜日
岡本太郎の見た小林秀雄
岡本太郎「日本の伝統」に記載のある小林秀雄についての素描: