【語られていないこと】
「不良債権と寝た男」と名づけられた著者の銀行員人生は、その大半が問題融資や要対応案件の処理に忙殺された。住友銀行時代だけでも安宅産業の処理、さくら銀行との合併、磯田一郎頭取への対応、イトマン事件、不良債権の査定、GSによる増資、UFJ争奪戦、ダイエー等など盛りだくさんである。だからなのか、この本では著者が未来について構想したりする記述が少ない。本書の語りは基本的に「事件が起こる」→「これへの著者の対応や知見を述べる」といった形で進む。これは別に悪いことではないが、「ラストバンカー」といわれる日本金融界の大物ならば、「官僚と民間の関係も含めた日本の金融システムのあるべき未来」等の「大きな未来」を語る記述がもう少しあってもいいような気がした*。まあ、そもそも日本の銀行の頭取にそのようなことを求めるのはないものねだりなのかもしれないが。
*なお、念のためもちろん著者が完全に受身であったわけではなく、金融ビッグバンへの対応として投資信託の窓口販売を進めたり、元マッキンゼーの人材を雇って個人部門を強化したりといったことや、不良債権処理のための全行をあげたコスト削減を指示したり、といった著者の取り組みに関する記述はある。
また著者自身の融資で問題となった案件があったならば、どのような経緯で発生し、それをどのように処理したのかを記していただけていたら、参考になったと思う(無論著者自身の融資に問題はなかったのしれないが、失敗の研究のほうが後々の参考にはなるので)。
【磯田一郎氏に対して】
住友銀行の頭取として長く活躍し、住友の天皇といわれた磯田一郎氏に対して著者の評価は「真っ当すぎた人」。
【マッキンゼーの改革→失敗】
1978年に住友銀行は当時の磯田頭取のもと、マッキンゼーに組織変更を依頼し、マッキンゼーの提案をうけて、かなり大規模な組織変更を行い、積極姿勢を強化した。しかし著者の評価では結果としてこの組織変更は好景気のなかで現場の業務推進部隊の「やり過ぎ」をまねいた。結果としてバブル期の好景気のなかで推進力が強い現場に対してチェック機能が働かない事態に陥り、イトマン事件などで多くの問題融資を許した。1991年に今度は自行のアイデアを結集して組織を再度変更している。
【かんぽの宿と鳩山邦夫】
著者が日本郵政の社長として決定した、かんぽの宿のオリックスグループへの売却は当時の鳩山大臣によって辛らつに批判されたが、著者はこれについてかなり強い口調で反論している(よっぽど腹が立ったんでしょうね)。